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「世界を動かすエリートはなぜ、この「フレームワーク」を使うのか?」の要約と批評

著者:原田武夫
出版社:かんき出版
出版日:2015年05月18日

不確実な時代を生き抜く鍵はイノベーション

テロやデフォルトの多発、感染症の大流行など、私たちは多くのリスクに囲まれた、変動性(ヴォラティリティ)の高い時代を生きています。この時代を切り開くために最も重要なのは、イノベーションです。

イノベーションとは、技術や仕事のやり方などを通じて、まったく新しい付加価値を生み出すフレームワーク(枠組み)を創造することを意味します。しかし日本の研究開発現場では、海外でつくられたフレームワークに従い、その細部を詰める技術開発に終始しているのが現状です。

真のイノベーションの鍵となる「類推法」

この停滞を打破するためには、「類推法」という発想法をマスターすることが欠かせません。
イノベーションの前提には「気づき」がありますが、その気づきを得るための思考法こそが類推法です。

アリストテレスが示した思考法の限界と新たなアプローチ

古代ギリシアの哲学者アリストテレスは、演繹法と帰納法を提唱しました。

  • 演繹法:正しい一般論を前提に、個別の事象へ適用し結論を導く方法。
  • 帰納法:個別の事象を集めて一般的な法則を導く方法。

しかし、これらは既存のフレームワークの範囲内でしか思考できず、未知の領域への「気づき」を得ることは困難でした。

そこでアリストテレスは「仮説援用法(アパゴーゲー)」を提案しました。さらに、アメリカの論理学者チャールズ・パークはこれを発展させ、「アブダクション」という、既存の前提を超えたひらめきを説明する概念を打ち出しました。

類推法とは何か

著者が定義する「類推法」とは、たくさんの事実を経験しながら、既存の枠組みにとらわれず、全く新しい仮説や未来への思考の飛躍を行う発想法です。
気づきは、まさにこの類推法を働かせることで得られるとされています。

デザイン思考との比較 ― 類推法はより孤独な作業

シリコンバレーで注目されるデザイン思考は、観察からニーズを発見し、プロトタイプやストーリーボードを通じて解決策を可視化する方法です。ここでは自由で気楽な雰囲気が重視されます。

しかし、著者は「歴史を動かすイノベーションは、孤独な思考の中から生まれる」と指摘します。
類推法の核心は、静かに一人で考え抜くことにあります。

日本の先達が築いた思考法 ― KJ法とこざね法

高度経済成長期、日本でも独自の創造的思考法が体系化されました。

  • KJ法(川喜田二郎)
    問題意識の探索から始まり、関連情報を収集・整理し、分類・図解することで本質を見出す方法。
  • こざね法(梅棹忠夫)
    情報を「紙切れ」のように蓄積・関連づけ、文章を構築する知的生産技術。

しかしこれらは、最終的に「文章化」で終わり、プロトタイプのような目に見える形に発展しなかったため、社会に定着しませんでした。

日本がフレームワーク創造力を失った背景

1960年代後半には、視覚的なアウトプットを重視する「等価交換理論」も存在し、液晶ディスプレイ開発などを支えました。しかし1980年代に「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と持てはやされる中で慢心が生まれ、アメリカがITや金融など基盤的なフレームワークを独占。日本は欧米の枠組みに従わざるを得なくなったのです。

類推法の実践 ― 気づきを生む8つのプロセス

未来志向の問題意識を持ち、不確実なものに挑み、情報を集め整理する中で、ある日突然「気づき」は訪れます。著者はこれを実践するプロセスを8段階に整理しています。

  1. 振り返り:過去の出来事を多面的に調査し、五感を使って情報を収集。
  2. 因果関係:情報のつながりや普遍的な因果関係を発見。
  3. シンクロニシティ:意味ある偶然の出会いに気づく。
  4. 気づき:未来のイメージが突然ひらめく。
  5. バックキャスティング:未来から逆算して今すべきことを考える。
  6. 目標設定:アイデアを可視化し、論理的なシナリオを描く。
  7. リーダーシップ:戦略策定、実行、チームの巻き込みを行う。
  8. イノベーション:周囲を動かし、付加価値を創造する。

イノベーションを広げる「インキュベーター」の役割

どんなに優れたアイデアも、広がらなければ意味がありません。
開発者の努力を理解し、適切な仲間を巻き込む「インキュベーター」の存在が、イノベーションを社会に波及させるために不可欠です。

類推法を身につけるための習慣

類推法を鍛えるには、日々の生活習慣も重要です。

  • 早寝早起きで脳を最良の状態にする
    朝の自由な時間が、思考を解放する。
  • 同じ時間にニュースをナナメ読みしてメモする
    複数のメディアを比較し、「普段と違う」情報に敏感になる。
    記事タイトルを関連づけて考えることで、新たな問題意識が生まれる。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、日本の研究開発やイノベーションの停滞を歴史的かつ思考法の観点から鋭く分析している点にある。著者は、単に「日本は遅れている」と嘆くのではなく、アリストテレスの演繹法・帰納法から、仮説援用法(アパゴーゲー)、そしてチャールズ・パースのアブダクションへと至る思考の進化を丁寧にたどり、その上で「類推法」という独自の概念を提示している。特に、川喜田二郎のKJ法や梅棹忠夫のこざね法など、日本がかつて創造した思考ツールを再評価し、なぜそれが現代まで定着しなかったのかを批判的に検証している点は、知的刺激に富む。加えて、デザイン思考との比較や、孤独な思索から生まれる「気づき」の重要性を説く姿勢は、表面的な流行を追うのではなく、本質的な創造の条件を探求している点で評価できる。

悪い点

一方で、やや惜しいのは、著者の主張が抽象的になりがちな部分である。「類推法」を中心に据えながらも、その実践例が理論に比べて乏しく、読者が実際にどのように日常の仕事や研究に応用できるのかが見えにくい。また、「気づきは孤独からしか生まれない」という断定的な表現は、共同創造やオープンイノベーションが重要視される現代においてやや一面的に感じられる。さらに、1980年代以降の日本の衰退を「慢心」と欧米のフレームワーク独占に帰す議論は説得力がある一方、グローバル化や規制、産業構造の変化といった複合的要因の分析が十分とはいえない。読者によっては「日本論」としてはやや懐古的に感じるかもしれない。

教訓

本書が示唆する最も重要な教訓は、未来を切り開くには「既存のフレームワークの中で考える」ことをやめ、未知へと仮説を飛躍させる勇気と準備が必要だということだ。演繹法や帰納法は安定した枠組みの中で正しさを磨くには有効だが、イノベーションを生むには「まだ誰も見たことのない関係性」を発見しなければならない。そのためには、感覚を研ぎ澄ませて情報を集め、常識を疑い、仮説を組み立てる「類推法」を意識的に使うべきだと著者は説く。また、夜にしっかり眠り朝に自由な時間を持つ、毎日同じ時間に複数メディアを斜め読みし関係性を考える、といった習慣的な工夫が思考の飛躍を生む土壌になるという提案も、実践的で取り入れやすい。

結論

総じて本書は、日本人が長く見失ってきた「自ら未来を構想する力」を取り戻すための警鐘であり、思考法のリセットを促す書といえる。華やかなデザイン思考やチームワーク礼賛の裏にある「孤独な探求」の価値を再評価させ、創造の原点を問い直してくれる。欠点として、理論がやや抽象的で、現代のイノベーション現場との接点が十分に描かれていない点はあるが、思考の枠を拡張する刺激的な読書体験を提供する一冊である。とりわけ研究者やクリエイター、また組織の中で新しい価値を生み出そうと苦悩する人にとって、自分の発想を鍛え直すための強力なきっかけとなるだろう。