著者:小山昇
出版社:あさ出版
出版日:2015年11月25日
無借金経営は必ずしも良いことではない
一般的には「無借金経営=健全な経営」というイメージがありますが、必ずしもそうとは限りません。
銀行からの借入れは、会社を安定的に運営し、事業を拡大するために重要な手段です。借入れを行わず自社の利益だけで資金を賄おうとすると、資金繰りに追われて本業に集中できず、成長のチャンスを逃してしまうことがあります。たとえ黒字決算でも資金がショートしてしまうケースは珍しくありません。
また、変化の激しい時代では、利益が出てから投資を始めていてはライバルに先を越される可能性があります。さらに、普段から借入れをしていない会社が突然融資を申し込んでも、銀行は取引実績を重視するため、慎重になりがちです。
したがって、経営が安定しているうちから計画的に借入れを行い、成長のための資金を確保することが大切です。
銀行との信頼関係を築く重要性
中小企業にとって、銀行は欠かせないビジネスパートナーです。銀行との関係を良好に保てば、いざというときに支援を受けられ、好条件で融資を受けられる可能性が高まります。
一方で、自社の都合だけを押し付けたり、銀行の信頼を裏切ったりするのは得策ではありません。銀行の立場を理解し、普段から信頼を積み重ねることで、長期的に有利な関係を築けます。
銀行が喜ぶ3つのポイント
1. 銀行員のノルマに協力する
銀行員には、新規融資や融資増加額の目標(ノルマ)が課せられています。特に3月・4月・9月・10月はノルマ達成のために忙しい時期です。このタイミングで借入れを申し込むと、銀行を助けることになり、結果として好条件で融資を受けられる可能性があります。
2. 資金の使い道を定期的に報告する
銀行にとって、貸したお金がきちんと返ってくるかどうかは大きな関心事です。
そのため、経営状況や事業計画を包み隠さず共有し、定期的に報告することで信頼を築くことができます。
3. 経理の透明性を高める
どれだけ優れた事業計画があっても、経理が不透明だと銀行は融資をためらいます。普段からお金の流れを明確に管理し、透明性を高めておくことが重要です。
支店選びと支店長の重要性
銀行の支店にはそれぞれ役割があり、融資に強い支店とそうでない支店があります。特に支店長の裁量(決裁権)は支店ごとに異なり、ターミナル駅の支店や経験豊富な支店長がいる店舗は決裁権が大きい傾向があります。
支店長に嫌われると、過去の実績が良くても融資が難しくなるため、信頼関係を損なわないことが大切です。
また、支店長が突然会社を訪問することがあります。これは、定量情報(利益・収益力など)だけでなく、社員の働き方や会社の雰囲気といった定性情報を確認するためです。
銀行は赤字企業でも、将来の回復が見込めると判断すれば融資を行うことがあります。そのため、今後の経営方針や改善の取り組みをしっかり伝えることが大切です。
複数の銀行と取引するメリット
1つの銀行だけと取引するのは危険です。資金調達の主導権を銀行に握られ、貸し剥がしなどのリスクにさらされる可能性があります。
中小企業は「都市銀行1・地方銀行1・信用金庫1・政府系金融機関1」の組み合わせがおすすめとされています。複数の銀行と取引することで競争原理が働き、金利を下げやすくなり、融資を受けやすくなります。
- 信用金庫:金利はやや高めだが、地域経済を支える使命があり、地元企業を見捨てにくい。
- 政府系金融機関:審査は厳しいが、信頼性が高まり他の銀行からの融資を受けやすくなる。
武蔵野が無担保・無保証で16億円を借りられる理由
株式会社武蔵野は、無担保・無保証で最大16億円の借入れに成功しています。その理由は、銀行への徹底した情報開示と信頼構築にあります。特に次の「3点セット」を実践しています。
1. 経営計画書の作成と提出
バランスシートをもとに、5年先までの事業計画や財務状況を示した詳細な経営計画書を作成します。
長期財務格付け、長期財務分析表、経営目標、月別利益計画、支払金利年計表などを含め、数字で未来を語れる社長であることを示すことで、銀行から高く評価されます。
中小企業で経営計画書を作成している会社は少ないため、提出するだけでも信頼を得る大きな武器になります。
2. 経営計画発表会の開催
武蔵野では、銀行の支店長なども招いて経営計画発表会を実施しています。
発表会では、社長が社員の前で誠実な経営姿勢を示せるうえ、社員の働きぶりを直接見てもらえることが融資判断の大きな材料になります。
また、発表会は「時間通りに始め、時間通りに終わらせる」ことも重要です。
3. 定期的な銀行訪問
少なくとも3〜4カ月に1度、20分程度の定期訪問を実施します。短時間で要点を伝えることで、銀行側の負担を軽減しながら信頼を深めています。
武蔵野の銀行訪問は評価が高く、銀行側が学びのために複数の行員を同席させることもあるほどです。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、「無借金経営こそが安全」という日本の中小企業経営に根強く残る通念を論理的に打ち破っている点です。著者は、黒字経営でも資金ショートが起こり得る現実や、競合より先んじるためにはタイムリーな投資が必要であることを具体例とともに示しています。また、銀行と長期的な信頼関係を築く重要性を、銀行員のノルマや支店長の権限構造など内部の仕組みを交えて解説しているのも特徴的です。特に「銀行が喜ぶこと」を時期や行動の具体例を挙げて説明する実践的なアプローチは、中小企業経営者にとって即行動に移せるヒントになっています。
悪い点
一方で、やや銀行側の都合に寄り過ぎており、経営者側から見た交渉力の確保やリスク管理の観点が薄い点は物足りなさを感じます。たとえば、支店長に嫌われれば融資が止まるリスクを指摘している一方で、そのリスクをどう回避するか、あるいは銀行依存を減らす代替的な資金調達手段(ベンチャーキャピタル、クラウドファンディングなど)についてはほとんど触れられていません。また、著者が属する株式会社武蔵野の成功体験を中心に構成されているため、他業種や成長フェーズの異なる企業にとっては適用しづらい部分もあります。結果として、内容がやや成功者の再現談に寄ってしまい、普遍性に欠ける印象を受けました。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、「資金調達は信用の積み重ねであり、日々の姿勢と透明性が未来の成長を決める」ということです。無借金経営に固執せず、銀行を長期的なパートナーと捉え、好調なときから借入実績を積んでおくことが将来の選択肢を広げる鍵となります。また、銀行に対する情報開示や経営計画の共有は、単なる形式的なものではなく、経営者が自らのビジョンと数字を言語化し、第三者を納得させる訓練にもなります。特に、経営計画書・計画発表会・定期訪問という「3点セット」は、資金調達力の基礎を築く実践的な方法論として、多くの企業が取り入れる価値があります。
結論
本書は、資金繰りに悩む中小企業経営者にとって、銀行との関係を「恐れるもの」から「戦略的に活用するもの」へと意識を変える契機となる一冊です。銀行内部の事情を理解しつつ、好条件の融資を引き出すための具体的な手法を学べる点は非常に有益です。ただし、内容は銀行取引を中心とした世界観に限定されているため、資本政策全般を学びたい読者にはやや視野が狭いと感じるかもしれません。それでも、「資金調達を経営戦略の一部とする」という発想を身につけるうえで、本書は十分な価値を持ちます。経営の安定だけでなく成長を志向する経営者に強くおすすめできる一冊です。