著者:遠藤直紀、武井由紀子
出版社:日本実業出版社
出版日:2015年12月10日
ロイヤルカスタマーは「売上上位顧客」とは限らない
多くの経営者は、ロイヤルカスタマーを「売上上位顧客」だと考えがちです。しかし実際には、他社への乗り換えが面倒だから仕方なく使っているだけの顧客が、上位顧客の半数を占めていることもあります。
真のロイヤルカスタマーがもたらす価値
真のロイヤルカスタマーは、企業を信頼し、継続的に購入したり、親しい人に推薦したりします。
このようなファンが増えると、以下のような効果が期待できます。
- 長期的な継続利用
- 口コミによる新規顧客の獲得
- 顧客維持コストの削減
- 顧客からの感謝の声による社員のモチベーション向上
これらは結果的に収益最大化や企業の持続的成長につながります。
事例:ソニー損保の「良い売上」を追求する姿勢
ソニー損保では、契約条件の変更時に保険料を返還できる場合、顧客に自ら連絡するサービスを実施しています。
「顧客が納得して支払ったお金=良い売上」を重視する姿勢が、高い顧客満足度やダイレクト保険での業界No.1という成果につながっています。
顧客ロイヤルティ経営とは
本書では、企業や商品への愛着や信頼を感じるロイヤルカスタマーを生み出すことを「顧客ロイヤルティ経営」と定義しています。
ロイヤルカスタマーを育てるためには、次の2つのポイントが重要です。
- ロイヤルティを正しく可視化できる指標を持つこと
顧客の主観を測定し、必要に応じて改善を行う。 - カスタマーエクスペリエンス(顧客体験価値)の改善
顧客が企業や商品と接する一連の体験を最適化し、感動を生み出す。
ロイヤルティ指標を活用する
顧客ロイヤルティを理解するには、定量・定性の両面で顧客心理を可視化する必要があります。
特に次のような指標が活用されています。
NPS(ネットプロモータースコア)
- 商品・サービスを友人や家族におすすめする可能性を0~10点で評価してもらい、
9点以上の推奨者の割合 − 6点以下の批判者の割合 = NPS として算出します。 - メリット:
競合との比較が含まれるため収益と相関しやすい/「友人・家族」という責任感で回答の信頼性が高い。
CES(顧客努力指標)
- 「当社との取引はどれくらい簡単でしたか?」といった質問で、顧客の負担を可視化する指標です。
- アメリカでは採用する企業が増えています。
最終的には、収益性との相関が高い指標を1つに絞ることが賢明です。
カスタマージャーニーマップの活用
次のステップは、顧客視点に立ったカスタマージャーニーマップの作成です。
顧客が購入・利用する際の接点や感情をストーリーとして可視化し、全体最適を図ります。
経営陣を巻き込み、部門横断で取り組むのが理想的です。
ただし、マップの作成は目的ではなく手段です。顧客体験の棚卸しと課題発見が本質です。
「顧客を怒らせる体験」から課題を発見する
顧客の立場を想像しやすくするには、「怒りのポイント」を考えるのが効果的です。
人が怒る要因は普遍性が高く、共感を得やすいからです。
例えば「この状態の顧客にこのメールが届いたらどう感じるか?」と考えることで、
これまで気づかなかった課題を発見できます。
アンケート設計の工夫で顧客の本音を引き出す
顧客の声を聞き続けることが重要ですが、本音を引き出すには工夫が必要です。
- 質問設計は「最も聞きたい内容を最初に聞く」
→ 例:NPSを最初に質問することで偏りを防ぐ - 自由回答欄を必ず設ける
→ 数値化できない不満や感謝の声を拾える - アンケート結果は必ず改善に活かし、顧客へフィードバックする
ロイヤルティと収益性で顧客を分類・分析する
ロイヤルティの指標を横軸、収益性を縦軸に取り、顧客をプロットすると課題が見えてきます。
- 悪しき売上ゾーン:収益性が高いがロイヤルティが低い顧客
→ 離脱防止が急務 - 推奨・批判候補者ゾーン:収益性は高いがロイヤルティが中程度の顧客
→ 惰性での購入や不当な搾取の可能性があり、原因究明が必要
自由回答からドライビングファクターを発見する
ロイヤルティを高める要因(ドライビングファクター)を見つけるには、
自由回答をゾーンごとに分析するのが有効です。
例:
- 高ロイヤルティ層 → 「営業担当者の対応が良い」
- 低ロイヤルティ層 → 「営業がしつこい」
さらに、接触の頻度やタイミングを分析すると、
「頻度よりもタイミングが重要」といった改善のヒントが得られます。
定量調査と定性調査を組み合わせて理解を深める
- 定量調査(アンケート):顧客全体の傾向を把握するのに有効
- 定性調査(インタビュー・観察):顧客の感情や無意識の行動を深く理解できる
特に定性調査は、社内の視点を顧客志向に変える効果があります。
顧客の言葉だけに頼らず、行動や認知を重視する分析が重要です。
批評
良い点
本書の最大の強みは、「ロイヤルカスタマー」という概念を、単なる売上上位顧客と区別して深く掘り下げている点にあります。多くの企業が「売上を多くもたらしてくれる顧客=優良顧客」と思い込む中で、実際には“仕方なく”利用している顧客が一定数存在するという指摘は鋭く、経営者に大きな気づきを与えます。また、ソニー損保の事例をはじめ、顧客満足や信頼を優先する姿勢が企業成長に直結することを示す具体例が豊富です。NPSやCESといった最新のロイヤルティ指標を体系的に解説し、理論だけでなく実務に落とし込みやすい知識を提供している点も評価できます。さらに、カスタマージャーニーマップの活用や、自由回答欄を通じた顧客の本音分析など、マーケティングやCX改善の実践的ヒントが詰まっており、現場の担当者にとっても役立つ実務書となっています。
悪い点
一方で、本書は情報量が非常に多く、読み手にとってやや消化不良を起こしやすい構成になっているのが弱点です。NPSやCESなど複数の指標が次々と紹介されるものの、それぞれの使い分けや導入のステップがやや抽象的で、どのような状況でどの指標を優先すべきかが十分に整理されていません。また、ソニー損保の事例は印象的ですが、他業界での成功事例が少ないため、自社にどう応用できるのかがイメージしづらい読者もいるでしょう。さらに、データ分析や調査設計に関する記述は実践的ではあるものの、専門知識を前提とした内容が多く、マーケティング初心者や中小企業経営者にはややハードルが高いと感じられます。要点を整理した図解や導入ロードマップがあれば、より実務への落とし込みがしやすくなったはずです。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、「売上だけを指標とした顧客評価は企業を誤った方向へ導く」ということです。真に価値のある顧客とは、単に多く買ってくれる人ではなく、自発的に継続利用し、他者に推奨してくれるファンであるという視点は、経営戦略を根底から変える可能性があります。また、顧客ロイヤルティを高めるためには、定量データと定性データを組み合わせ、顧客の行動や感情の背後にある心理を理解する必要があるというメッセージも重要です。さらに、カスタマーエクスペリエンスを単発の施策ではなく、顧客の時間軸に沿った連続的な体験として設計する発想は、短期的な売上至上主義から脱却し、長期的な企業成長を志向するうえで大きな示唆を与えてくれます。
結論
総じて本書は、顧客中心の経営を志向する企業にとって必読の一冊です。単なるマーケティング本ではなく、経営の評価軸を「売上・利益」から「顧客の喜び」へと転換する重要性を説き、実践のための理論とツールをバランスよく提示しています。ただし、内容がやや高度で情報過多なため、すべてを一度に理解するのは難しいでしょう。まずは自社の顧客を「ロイヤルティ」と「収益性」の二軸で分類し、悪しき売上をあぶり出すところから着手するのが現実的です。本書を読み解くことで、顧客の信頼を基盤にした持続的成長の道筋が見えてくるはずです。短期的な売上競争に陥りがちな現代企業こそ、顧客の声に耳を傾け、ロイヤルカスタマーを育てる経営への転換を考えるべきでしょう。