著者:荻野淳也、木蔵シャフェ君子、吉田典生
出版社:日本能率協会マネジメントセンター
出版日:2015年08月10日
マインドフルネスとは何か
マインドフルネスとは、「今この瞬間に完全な注意を向けた状態」のことだ。
過去や未来に気を散らさず、今の感情や思考、場の雰囲気などに十分な注意を払っている状態とも言える。
マインドフルネスの瞑想トレーニングをいち早く社員教育に取り入れたのは、グーグルだ。前例のないビジネスをリードし、多様な仲間との摩擦を共創の力に変えていくには、「今」に注意を向けることが欠かせない。さらに、グーグルが掲げる「ウェルビーイング」というビジョンにも合致する効果が、マインドフルネスから得られる。
世界で広がるマインドフルネスの実践
マインドフルネスを重視し、ジムで体を鍛えるように集中力を鍛えようとする動きは、今や業界や国を越えて世界中に広がっている。
日本でも、マインドフルネス瞑想は客観性の高い具体的な方法として、徐々に受け入れられつつある。
マインドフルネスがもたらす「結果を出す力」
マインドフルネスの実践によって、さまざまな力を得ることができる。本書では9つの「結果を出す力」を紹介しているが、ここではその一部を取り上げる。
不安定な世界を受け入れ立ち直る力(レジリエンス)
現代は「VUCAワールド」と呼ばれる不確実で複雑な時代だ。
Volatility(変動)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧さ)という要素が、企業リーダーの意思決定を難しくしている。
こうした中で質の高い判断をするには、コントロールできない状況を受け入れ、疲弊してもすぐに立ち直る力=レジリエンスが重要だ。マインドフルネスはその基礎を養うのに役立つ。
自分に起きていることに気づく力(セルフ・アウェアネス)
リーダーシップには、自己認識が欠かせない。
自分の感情や考えが他者にどのような影響を与えているかに気づいていなければ、組織は短期的に成功しても中長期的には疲弊してしまう。
マインドフルネスを鍛えると、自己認識を司る脳の部位が発達し、他者への共感力も高まる。研究では、思いやりに基づくリーダーシップが長期的な業績向上に寄与することが示されている。
静寂から幸せを生み出す力(ポジティビティ)
ポジティブ心理学の研究によれば、マインドフルネスは「つらいことも穏やかに受け入れられる」状態を育む。
このポジティビティが高まると脳の前頭前野が活性化し、新しいアイデアや挑戦を受け入れやすくなる。
さらに、感情は周囲に伝染する。上司がポジティブであるほど部下のポジティビティも高まり、チーム全体のパフォーマンスが向上する。
脳の自動反応とマインドフルネスの関係
私たちの脳は、不測の事態に遭うと大脳辺縁系が自動的に危険を判断し、扁桃体がストレスホルモンを分泌する。これは原始時代に必要だった仕組みだが、現代では日常の些細なことにも過剰反応を引き起こす。
変化が激しい現代社会(VUCAワールド)は、こうした脳の自動反応をさらに強めてしまう。
マインドフルネスは、この自動反応を客観的に観察し、理性的な判断を取り戻す手助けをしてくれる。
学術研究が示すマインドフルネスの効果
ハーバード大学の研究では、長年の瞑想経験を持つ僧侶の脳を測定し、幸福感に関連する前頭前野の活性化や大脳新皮質の発達が確認された。
特に「島皮質」の活性化は、感情を客観的にとらえ、合理的な判断を可能にすることが示されている。
世界のトップエリートが実践するマインドフルネストレーニング
マインドフルネス瞑想は「心の筋トレ」ともいえる。注意が散ったことに気づき、呼吸に意識を戻すという行為を繰り返すことで注意力が鍛えられる。
瞑想の4つのプロセス
- 呼吸に注意を向ける
- 注意がそれる
- それに気づく
- 呼吸に注意を戻す
このプロセスを繰り返すことで、集中力と心の安定を養うことができる。
実践の手順と続けるコツ
瞑想を習慣化するには、目的を意識しながら取り組むことが大切だ。
椅子に腰かけ、目を閉じて10分ほど瞑想し、最後に深呼吸をする。そして終わった後の気づきを記録すると、自己認識がさらに深まる。
理想的には1日30分が望ましいが、難しければ5分でも良い。
また、呼吸以外にも「ボディスキャン」や「マインドフル・ウォーキング」「マインドフル・イーティング」など、生活の中で取り入れられる方法もある。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、マインドフルネスを単なる精神論ではなく「実践可能なトレーニング」として提示している点にあります。呼吸に注意を向ける、雑念に気づき、再び注意を戻すといったプロセスを筋力トレーニングになぞらえる説明は、初学者でも取り組みやすい実感を与えます。また、ハーバード大学による瞑想者の脳研究や、ポジティブ心理学の成果を紹介することで、科学的な裏付けを示しているのも好印象です。とりわけ、前頭前野や島皮質といった脳の働きを分かりやすく解説し、マインドフルネスが理性や感情の制御力を高める仕組みを説明している部分は説得力があります。さらに、グーグルをはじめとする企業の事例を交え、マインドフルネスがリーダーシップや組織のウェルビーイング、創造的な共創に役立つことを具体的に描いているのも、ビジネスパーソンの関心を引くでしょう。
悪い点
一方で、全体の構成にはやや情報過多な印象があります。VUCAワールドや脳の反応メカニズムの解説は興味深いものの、専門用語が多く、一般読者にとっては理解が追いつかない箇所があるかもしれません。また、グローバル企業の成功事例に依存しているため、日常的な仕事環境や中小企業の現場にどう応用するかの具体例が少なく、現実感に欠ける部分があります。マインドフルネスを「万能の解決策」としてやや理想化しているようにも感じられ、時間が限られた読者にとって「毎日30分瞑想すべき」という理想像はハードルが高いかもしれません。科学的根拠についても、研究結果の一部が簡略的に引用されているだけで、実際の効果や限界についての批判的な検討がやや不足しています。
教訓
本書が伝える最も重要な教訓は、「不安定で予測不能な世界では、外の環境をコントロールしようとするより、自分の注意と感情を整えることが力になる」ということです。リーダーシップや創造性の源泉は、まず自己認識(セルフ・アウェアネス)と内面の安定にあり、それが他者への共感やポジティブな影響力につながるという視点は、ビジネスだけでなく日常生活にも応用できます。また、マインドフルネスは決して特別な宗教的修行ではなく、短時間でも継続すれば脳の働きを変え、ストレスに強くなれるというメッセージは、多忙な現代人にとって希望を与えるものです。重要なのは、いきなり完璧を目指すのではなく、毎日数分からでも実践を始めることだと教えてくれます。
結論
総じて本書は、マインドフルネスをビジネスの文脈に取り入れたい人や、VUCA時代を生き抜くためのメンタル強化を求める読者にとって有益な一冊です。科学的知見と実践方法を組み合わせた内容は信頼性が高く、特にリーダーやマネージャーが自己認識と共感力を高める手がかりとして有効です。一方で、専門用語や理想的な習慣の提示がやや難易度を上げているため、マインドフルネス初心者や忙しい一般社員には少し敷居が高いかもしれません。とはいえ、「変化しない脳」と「変化し続ける世界」のギャップを埋めるための方法として、瞑想というシンプルかつ普遍的なアプローチを提案している点は大きな価値があります。自分を整える力を養い、よりしなやかで創造的な未来を築きたい人にとって、読む価値のある実践的なガイドブックです。