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「未来企業 レジリエンスの経営とリーダーシップ」の要約と批評

著者:リンダ・グラットン、吉田晋治(訳)
出版社:プレジデント社
出版日:2014年08月07日

世界が直面する深刻な課題

私たちはいま、若年層の失業、収入格差や貧困、気候変動など、世界規模で重大な問題に直面している。これらは一国にとどまらず、放置すれば誰も責任を持たない事態を招きかねない。だからこそ、今こそ行動が必要だ。

企業に求められる役割の変化

かつては各国政府や国際機関が問題解決の中心だったが、近年はグローバル企業の影響力が増している。その一方で、金融危機や不祥事により企業は「強欲で邪悪」というイメージを持たれやすい。しかし、企業は本来人間の集合体であり、正しいリーダーシップのもとで社会問題に挑む原動力となり得る。

カギとなる「レジリエンス」

企業にとって重要な能力は「レジリエンス」だ。本来は「元の形に戻る力」を意味し、転じてストレスからの回復力や災害時の復元力を指す。

今後を左右する7つのトレンド

変化の時代において、企業と働き方に影響を与える7つのトレンドがある。

  1. 商品と労働市場のグローバルな再編
  2. 人間と仕事が高度にネットワーク化された社会
  3. 有能な人材の地域的偏在
  4. 労働の空洞化と中間スキルの衰退
  5. 若者の失業とスキルギャップの拡大
  6. 世界的な貧困と格差の深刻化
  7. 地球温暖化と超異常気象の拡大

人的資産が生むイノベーション

企業は「知性と知恵」「精神的な活力」「社会的つながり」という人的資産を基盤に、社会のレジリエンスを高められる。特に知性と知恵を持つ人材を発掘し、ネットワーク化することが企業の成長に不可欠だ。

リスクを取る文化とイノベーション

アイデアを掘り起こし、オープンイノベーションや実験を通じて認識を深め、リスクを評価する仕組みが重要だ。タタ・グループの「あえて挑んだ賞」のように、失敗を称える文化がイノベーションを促進する。

社外とのつながりと地域社会への貢献

これからの企業は内部だけでなく、地域社会やサプライチェーン全体のレジリエンスを高める必要がある。ザッポスの「ダウンタウン・プロジェクト」や教育支援のように、地域に活気をもたらす取り組みがその一例だ。

グローバルな人身売買問題への挑戦

マンパワーグループは自社の知識とネットワークを活かし、人身売買の撲滅に取り組んでいる。広範なサプライチェーンを通じ、倫理的な雇用を推進している。

リーダーに求められる責任

リーダーシップの責任は、未来に適応する企業を築くことだ。レジリエンスを高め、社会的つながりを強めることで、企業は外部からの衝撃に耐えつつ恩恵も享受できる。

個人に求められるレジリエンス

キャリアが長期化する中、働く人自身も精神的な活力を保ち、知性や知恵を育み、多様なつながりを活かすことが求められる。従業員は大人として主体的にスキルを磨き、意思決定を行う必要がある。

消費者としての責任

最後に、消費者も企業の価値観や目的を意識し、行動と理念が一致しているかを監視しなければならない。企業が世界に価値をもたらすことを求める声を強めることが重要である。

批評

良い点

本書の最大の強みは、現代社会が直面する複雑かつ多層的な問題を「企業」という主体を通じて整理し、単なる批判に終わらず「可能性」へと視座を広げている点にある。著者は若年層失業や格差拡大、気候変動といった課題を一貫して「レジリエンス」という概念に集約し、企業の役割を「搾取する存在」から「再生を支える存在」へと再定義している。その過程で、具体的な事例としてタタ・グループの挑戦やザッポスの都市再生プロジェクト、マンパワーグループの人身売買対策などを提示し、抽象的な理論を実践の次元にまで落とし込んでいるのは非常に説得力がある。また、企業の知的資本を活かすための「失敗を恐れない仕組み」や「オープンイノベーション」の推奨は、既存の経営論に新しい視座を与える。

悪い点

一方で本書は、企業の役割を強調するあまり、国家や市民社会といった他の主体の重要性をやや軽視しているようにも映る。たしかにグローバル企業の影響力は絶大だが、それを万能の解決者として描くことはバランスを欠き、資本主義に対する批判的視点を十分に織り込めていない。また「レジリエンス」というキーワードが多用されるが、その適用範囲が広すぎて抽象度が高く、時に便利なキャッチフレーズにとどまってしまう部分がある。さらに、紹介される成功事例は比較的目立つ企業に集中しており、中小企業や地域レベルの組織がどう貢献できるのかについては深掘りが不足している。これにより読者は「大企業だけが未来を変えるのか」という疑問を抱きかねない。

教訓

本書から得られる最も大きな教訓は、現代におけるリーダーシップの在り方が「社内統治」から「社会全体への関与」へと拡張していることだ。企業は株主や従業員への説明責任を果たすだけでなく、地域社会、地球環境、サプライチェーン全体に対してもレジリエンスを提供する義務がある。特に印象的なのは「失敗に光を当てる仕組み」の重要性であり、挑戦そのものを評価する文化がなければ革新的な成果は生まれないという示唆である。また、読者個人へのメッセージとして「消費者が企業の価値観を監視し、行動で支持・不支持を示す」必要性が説かれており、これは企業だけに責任を押し付けず、社会全体で課題解決に臨むべき姿勢を教えている。

結論

総じて本書は、グローバルな問題を企業というフィルターを通じて読み解き、未来に向けた可能性を描き出す意欲的な試みである。理論と事例を交互に提示する構成はわかりやすく、読者に「行動せねば」という危機感と同時に「変えられるかもしれない」という希望を与える。ただし、企業の力を過大評価する傾向や、国家・市民社会との補完関係への考察不足は批判の余地がある。それでもなお、「レジリエンス」を軸に据えた本書の議論は、読者に現代社会の不安定さを直視させるとともに、そこから立ち上がるための思考の枠組みを提供している。読後には、企業に属する者だけでなく、消費者として、あるいは市民として自分の役割をどう果たすべきかを問い直す契機を与えてくれる一冊である。