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「ブロックバスター戦略 ハーバードで教えているメガヒットの法則」の要約と批評

著者:アニータ・エルバース、鳩山玲人(訳)、庭田よう子(訳)
出版社:東洋経済新報社
出版日:2015年09月25日

ワーナー・ブラザーズが選んだ「少数集中投資」戦略

1999年、映画・テレビスタジオのワーナー・ブラザーズは、年間25本の映画のうち4〜5本を「看板作品」として選び、製作とマーケティングに多額の予算を集中投資しました。多数の作品に少しずつ資金を分配するほうが安全そうに見えますが、なぜ少数の映画に巨額のコストをかけるのでしょうか。

その答えが、エンタメ業界で広く実証されてきた「ブロックバスター戦略」です。

ブロックバスター戦略とは

「ブロックバスター」とは、第二次世界大戦時に街区(ブロック)を一撃で破壊する爆弾に由来する言葉で、圧倒的な影響力を持つ大ヒット作品を意味します。
この戦略では、少数の作品に巨額の予算を投入し、その他の作品のコストを抑えることで確実なヒットを狙います。

ワーナー・ブラザーズの成功例

ワーナー・ブラザーズは2010年、製作費の3分の1を以下の3作品に集中させました。

  • 『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』
  • 『インセプション』
  • 『タイタンの戦い』

これら上位3作品は、2010年の全米興行収入の40%以上、全世界の50%以上を占める結果となりました。

広告宣伝と収益構造

広告宣伝費を含めた場合、ブロックバスター戦略の有効性はさらに顕著です。

  • 上位3作品の広告宣伝費は、総額7億ドルのうちわずか22%程度。
  • DVDやレンタルなど、映画館以外の収益も興行収入に比例して伸びる。

一方で、低予算映画を大量に作る方が、むしろ失敗のリスクを高める可能性があります。

戦略が抱えるリスクと「ブロックバスター・トラップ」

ただし、この戦略にはリスクもあります。

  • 大ヒットを狙うあまり、過去の成功例を模倣した作品ばかりになる。
  • イノベーションの芽が摘まれてしまう。
  • 次の大ヒットを求める競争で予算がさらに高騰する。

この状況は「ブロックバスター・トラップ」と呼ばれています。

それでも企業がやめられない理由

リスクがあるにもかかわらず、企業はこの戦略を手放せません。その理由は次のとおりです。

  1. 市場から有力な企画が届かなくなる
    高額投資をやめた企業には、人気の脚本や企画が集まらなくなります。
  2. 優秀なクリエイターが離れる
    才能ある監督やプロデューサーは、大ヒットを狙える企業へ移籍してしまいます。
  3. 社員の士気低下
    大ヒット作品がないと営業やマーケティング部門のモチベーションが下がります。
  4. 流通チャネルへの影響力低下
    映画館などのパートナーに対し、強力な販売キャンペーンを仕掛けられなくなります。

低予算映画の意義

低予算映画にも一定の役割があります。

  • 新しいジャンルや表現のテストケースになる。
  • 映画館や書店などとの関係を維持できる。
  • 制作・配給の固定費を分散できる。

そのため、エンタメ企業は「少数のブロックバスター+多数の低予算作品」という構成に落ち着きます。

音楽業界におけるブロックバスター戦略

音楽でも同じ構図が見られます。成功するには発売直後に一気に人気を獲得することが重要です。
レディー・ガガはデビュー当初SNSで草の根的にファンを獲得し、3枚目のアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』では大規模な事前宣伝を行い、発売1週間で100万枚を売り上げました。

人々は「多くの人が選んでいる」作品を選びたがるため、初期段階でのアーリーアダプター獲得が鍵となります。

デジタル化とブロックバスターの強化

デジタル技術はヒットの在り方を変えると予想されていましたが、実際は逆の結果になりました。

  • 2006年、クリス・アンダーソンの『ロングテール』では「ニッチ商品が伸びる」と予測された。
  • しかし現実は、iTunesやYouTube、Netflixでヒット作に需要が集中。
  • 2011年の音楽配信では、800万曲のうちわずか102曲が販売総数の15%を占めた。

デジタル化はむしろヒット作への一極集中を加速させ、ブロックバスター戦略の正当性を高めています。

他業界への広がり

ブロックバスター戦略はエンタメ業界に限りません。サービスやIT、ファッション業界にも応用されています。

特にアップルは顕著です。

  • 製品ラインを絞り、少数の大ヒット商品に集中投資。
  • リリース情報を戦略的に発表し、話題性を最大化。
  • 店頭では品切れを演出し「必ず買うべき」という熱狂を作り出す。

まとめ:今後のビジネスにおける示唆

ブロックバスター戦略は、消費者の注目を集める競争が激しい現代においてますます有効性を増しています。
この戦略は映画や音楽のみならず、ITやファッションなど幅広い業界に浸透していくでしょう。
結果として、一流のクリエイターやスーパースターが成功のカギを握り、多大な報酬を得る時代が続くと考えられます。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、エンタメ業界における「ブロックバスター戦略」を、歴史的背景から現代のデジタル社会に至るまで多角的に分析している点だ。ワーナー・ブラザーズを例に、1999年以降どのように少数の大作に巨額投資を集中させ、世界的ヒットを生むかを具体的な数字とともに示しているのは説得力がある。また、音楽業界でのレディー・ガガのプロモーション手法や、アップルの製品戦略まで視野を広げることで、映画だけにとどまらない普遍的な経営戦略としての可能性を示したのも評価できる。さらに、ロングテール理論との対比により、「デジタル化は必ずしも消費の分散をもたらさなかった」という現実をデータで裏付けている点は鋭い洞察だ。

悪い点

一方で、本書は「成功事例の分析」に偏りすぎており、戦略が失敗したケースへの掘り下げがやや物足りない。例えば、巨額の制作費をかけた映画が興行的に大コケした事例や、それによって企業が受ける打撃についての記述は限定的だ。また、デジタル時代におけるSNSや口コミの影響を示しつつも、インフルエンサー文化やバイラルヒットの可能性を軽視している印象がある。加えて、消費者の嗜好変化やZ世代の視聴習慣のような「今後の不確実性」への言及は控えめで、やや旧来型の成功モデルを前提にしている印象を受ける。

教訓

本書から得られる最も重要な教訓は、「選択と集中の重要性」と「成功モデルに依存するリスク」の両立をどうマネジメントするかだ。成功確率の高いプロジェクトに投資を集中させることは合理的である一方、過去のヒットに似た作品ばかりを追いかけるとイノベーションが停滞し、いずれ市場の変化に取り残される恐れがある。また、ヒット作の発掘には低予算の実験的作品が不可欠であり、既存の成功モデルを補完する「探求の余地」を残す必要がある。デジタル技術が普及した今でもヒット集中が進む現状は、むしろ差別化の難しさを物語っている。つまり、大きな賭けと小さな試行を両立させる「二面戦略」こそが、持続的な成長に不可欠であることを示唆している。

結論

総じて本書は、エンタメ業界の経営構造とヒットのメカニズムを理解するうえで非常に有益な一冊だ。特に、ロングテール理論が現実と乖離していることを実証的に示した点は、デジタル時代のビジネスを考える読者に新たな視点を与えるだろう。しかし同時に、成功モデルの裏に潜む脆弱性や、変化の激しい現代市場におけるリスク管理への具体的提言はやや弱い。とはいえ、「なぜ企業はブロックバスター戦略をやめられないのか」を経済合理性と組織論の両面から解き明かす本書は、コンテンツ産業やプロダクト戦略を考える経営者・マーケターにとって必読の内容である。ヒットを生む「賭け」の本質と、それを持続可能にするバランス感覚を学ぶ上で、非常に示唆に富んだ批評的分析といえる。