著者:木曽崇
出版社:日本実業出版社
出版日:2014年10月01日
カジノ合法化の始まり
我が国のカジノ合法化検討は、地方自治体の取り組みから始まった。観光や地域経済の振興を目指し、国の財政支援に頼らない地域活性化の手法として検討が進められた。
国政レベルでの議論の進展
1999年の「お台場カジノ構想」を契機に、2006年ごろから国政レベルで本格的な議論が始まり、2014年の第2次安倍政権下で合法化の機運が高まった。東京オリンピック決定により観光振興策としての期待がさらに高まった。
統合型リゾート(IR)の導入
日本で検討されているカジノは単なる賭博施設ではなく、観光を中心とした複合施設「統合型リゾート(IR)」である。IRはホテルや会議場、美術館などを含む民間投資による観光施設として世界的に普及している。
治安への懸念と実態
カジノ導入による治安悪化の懸念はあるが、ラスベガスとオーランドの比較では必ずしも犯罪増加と直結しないことが示されている。ただし観光地全般と同様、治安維持には追加的な予算配分が必要である。
経済効果
統合型リゾートの経済効果は「開業前の建設投資」と「開業後の観光消費・税収」に分かれる。観光客の消費拡大やカジノ税収は地域経済や公共事業に波及効果をもたらす。
社会的コストと対策
カジノ合法化には社会的コストも伴う。
- ギャンブル依存症:成人人口の1~2%に発生、税収を活用した対策が必要。
- 犯罪・マネーロンダリング:国際基準に沿った抑止策が求められる。
- 青少年への影響:入場規制とID確認で防止策を講じる。
シンガポールの成功事例
2010年の統合型リゾート開業後、観光客数や収入が大幅に増加し、雇用創出や失業率低下などの効果もあった。我が国でも都市経済単位で参考にできる事例である。
地域政策との連携の重要性
統合型リゾートは観光客を施設内に囲い込む傾向があるため、地域に人の流れを促す施策が不可欠である。立地や交通アクセスも成功の鍵を握る。
候補地の選定
現在は「大都市型」と「地方型」に分けた選定方式が提案されている。大都市型は首都圏や大阪、地方型は北海道・沖縄・温泉地・被災地などが対象とされている。
日本に求められる課題
日本は後発だが、世界の事例から学ぶ利点がある。依存症対策や犯罪抑止に加え、カジノ税率設定など国際競争力を意識した制度設計が求められる。
批評
良い点
本書の優れている点は、カジノ合法化という一見センセーショナルなテーマを、感情的な賛否の枠を超えて、経済・社会・政策の多角的な観点から論じている点である。単なる「ギャンブル推進論」や「治安悪化論」に陥ることなく、統合型リゾート(IR)の構造や国際的事例を具体的に提示することで、読者に冷静な判断材料を提供している。特に、ラスベガスとオーランドの治安比較や、シンガポールの成功事例などは、カジノ導入が犯罪や社会崩壊を必然的に招くわけではないことをデータで裏付けており説得力がある。また、「公金に頼らない観光開発」という観点は、自治体の財政自立や長期的な地域振興のあり方を考えるうえで有益な示唆を与えている。
悪い点
一方で本書の弱点は、統合型リゾートが持つ負の側面への記述がやや表層的である点にある。確かにギャンブル依存症やマネーロンダリング、青少年保護などのリスクは指摘されているが、それらを「施策で対応可能」と片付ける傾向が強く、問題の根深さや実際の対応の難しさについて掘り下げが不足している。また、観光客の「囲い込み」効果についても言及はあるものの、地域経済への波及を具体的にどう設計すべきかという戦略論までは十分に展開されていない。さらに、税率設定や投資誘引についての分析は提示されているものの、国際的な資本競争の厳しさや、社会的合意形成の難しさといった政治的現実が軽視されている印象を受ける。
教訓
本書から得られる教訓は、「カジノ合法化=善か悪か」という単純な二元論ではなく、制度設計と地域戦略の巧拙こそが成功と失敗を分けるという点である。観光振興や財源確保の手段としてカジノを位置づける以上、その効果を地域全体に波及させる仕組みを整備しなければ「事業者だけが儲かる」という失敗例に陥ることは明らかである。さらに、ギャンブル依存や治安悪化といった「社会的コスト」はゼロにできないという現実を直視し、それをどのように最小化するかが政策の核心である。つまり、IRは万能薬ではなく、社会にとっての「両刃の剣」であり、導入には冷静かつ緻密な準備が求められるのだ。
結論
総じて本書は、日本におけるカジノ合法化論議を理解するうえで有益な資料であり、賛否両論を超えて「政策としてどう設計すべきか」を考えるための出発点を提供している。ただし、楽観的な効果の強調に比べて負の側面への対応は浅いため、読者は批判的な視点を持ちながら読む必要があるだろう。カジノ合法化は、日本経済の活性化や観光振興にとって一つのチャンスではあるが、それは同時に社会的リスクを抱え込む挑戦でもある。したがって、この問題に対する結論は「推進か反対か」ではなく、「どのように導入するか」「どのように社会的コストを制御するか」という実務的な問いに帰着する。本書はその議論を始めるための一助となる批評的資料として位置づけられるだろう。