Uncategorized

「「これからもあなたと働きたい」と言われる店長がしているシンプルな習慣」の要約と批評

著者:松下雅憲
出版社:同文舘出版
出版日:2015年04月28日

ステージ1:快適な労働環境をつくる習慣

店長や経営者がスタッフに「満足して働いてほしい」と願うなら、まず最初に取り組むべきは 「快適な労働環境づくり」 です。ここをおろそかにしたまま他の改善をしても、効果は一時的で本質的な解決にはなりません。

飲食店はしばしば「きつい・危険・汚い」の“3K”職場といわれます。こうした環境を我慢させると、スタッフの離職につながります。高い時給を設定すれば一時的に働いてもらえますが、結局辞めてしまい、また高い時給で採用を繰り返すことになります。
このコストを「快適な職場づくり」に投資すれば、退職者を減らし、経費削減につながります。

新人を大切に迎える仕組みづくり

  • 初日の1時間は店長がオリエンテーションを実施
    モチベーションや責任感を高め、「困ったら相談していい」と安心させます。
  • 3日目に個別面談を実施
    「これからも一緒に働けそうですか?」と尋ね、不安を解消することで早期離職を防ぎます。

感謝を伝え、チームの一体感を育む

  • 店長はスタッフに一番多く「ありがとう」と言える存在になりましょう。
  • スタッフの誕生日などを皆でお祝いし、孤立感をなくすことでチームの絆を深めます。

ステージ2:報酬と承認の習慣

多くの店舗がこの段階にあります。時給や金銭的報酬だけではスタッフは長く定着しません。「認められる」ことが働き続ける最大のモチベーションです。

承認の重要性

店長は「スタッフを承認する」という意識を持つことが大切です。時給アップを求められても、感情的に応じず、スタッフの成果やお客様への貢献をフェアに評価して判断します。

スタッフの主体性を育てる

  • 意見をまず受け止める
    「YESから始める」「NOを言わない」ことで、スタッフは工夫を重ねるようになります。
  • 意見を先に言わせる
    部下に考えさせ、その意見をもとに行動を決めると、主体性が芽生えます。

上手な叱り方

感情的に叱ると相手の気持ちは沈みますが、相手の立場に立って叱ると教育効果が高まります。
「6回ほめてから1回叱る」くらいのバランスを意識しましょう。

ステージ3:目標と評価の習慣

毎日小さな目標を設定し、店長が応援するとスタッフは自分の限界を超えて努力します。大きな目標だけではなく、日々の小さな達成感を積み重ねることが重要です。

面談のポイント

  • できていないことからではなく、まず「できていること」から聞く
  • 「なぜできたのか」を一緒に分析することで、さらなる成長を引き出します。

個人目標の設定

  • スタッフがやりたいことを目標にすると、主体的に取り組むようになります。
  • 達成を陰で支え、認めることで自信を育てられます。

継続を支える工夫

  • 「未来への希望」「小さな達成感」「ペースメーカー(応援役)」を持つと長続きします。
  • 店長自身がペースメーカーとなり、スタッフのやる気を引き出しましょう。

ステージ4:成長の習慣

スタッフに意図的に多くの経験を積ませると、急激な成長が生まれます。
たとえば、2日目のスタッフが初日の新人を教えることで、早くも「育成力」が芽生えます。

主体性を伸ばす問いかけ

  • 店長が答えを与えるのではなく、「どうしたらできるようになるか?」を口癖にする
  • 自分で考えさせることで、スタッフは主体的に動くようになります。

信頼関係を壊さないために

  • 「まじめにやれ」「何が言いたいの?」といったネガティブな言葉は避ける。
  • 「今どんな気持ちで取り組んでいる?」「こういうことが言いたいのかな?」と前向きに言い換えましょう。
  • チャンスを与え、失敗してもまずほめる姿勢が大切です。

ステージ5:貢献の習慣

ここからはスタッフが「自分が周囲に与える影響」や「必要とされている役割」を意識する段階です。
店長が感謝や必要性を言葉でしっかり伝えることが不可欠です。

チームを一丸にする工夫

  • ライバル店を「仮想敵」として意識させ、目標達成の一体感を高める。
  • 成果が数字として見えると、自分の存在価値を実感できます。

地域への貢献

  • 店長自身が商店街の掃除やイベントに参加することで、スタッフの心も動かされます。
  • 「この町で商売をさせてもらっている」という感謝の気持ちを忘れないことが重要です。

ステージ6:感謝と誇りの習慣

最終ステージでは、スタッフが会社や仲間に心から感謝し、誇りを持つようになります。
この状態になると、スタッフは辞めず、強いチームが生まれます。

店長の役割:ペースメーカーになる

  • 店長はスタッフのやる気を整えるペースメーカーであることが重要です。
  • スタッフ同士がコーチングできる環境をつくると、チームはさらに成長します。

ブランドへの誇りを育てる

  • 店長が「うちのブランド」と語り始めると、スタッフも責任と誇りを持ちます。
  • 認められ、成長し、貢献を実感し、仲間に感謝し、ブランドに誇りを持つ──この状態こそが、スタッフが辞めない職場の答えです。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、店長や経営者がスタッフの定着と成長を段階的に支援するための明確な「ステージモデル」を提示している点にあります。飲食業の現場は「3K(きつい・危険・汚い)」と揶揄されがちですが、本書はまずステージ1で快適な労働環境の整備を徹底する重要性を説き、土台を固めることから始める点が実践的です。また、新人へのオリエンテーションや初期面談、誕生日祝いなど、人間関係を築くための具体的なアクションが豊富に紹介されており、理論書というよりも現場にすぐ適用できる実用書として優れています。さらに、「ありがとう」を多用するコミュニケーションの力や、叱り方の工夫、目標管理の具体例など、人材マネジメントに悩む中小店舗経営者にとって即効性のある知恵が満載です。

悪い点

一方で、ステージが進むにつれて内容が理想論に寄りがちで、実践のハードルが高く感じられる点が弱点です。特にステージ5以降の「貢献」や「感謝・誇り」を育てる段階では、著者が想定するような理想的な店長像を現場がすぐに体現するのは難しいでしょう。多忙な店長が毎日スタッフの目標設定や進捗確認を行い、かつポジティブな声かけを絶やさないのは現実的に負担が大きいと感じる読者もいるはずです。また、店舗の規模や業態の違いに対する言及が少なく、数十人規模のチェーン店や多店舗展開の経営者にとっては適用の仕方が不明確になりがちです。加えて、退職の理由を主に職場環境や承認の不足と結びつけており、個々のスタッフのライフスタイルやキャリア志向など、外的要因への視点が薄い点もやや単線的な印象を受けます。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「スタッフの満足度と成長を軽視した経営は持続しない」という明確なメッセージです。人手不足が常態化する飲食業界において、時給を上げるだけでは定着率は改善せず、働きやすい環境づくりや日々の承認・小さな達成体験が長期雇用の鍵になることを繰り返し示しています。特に「小さな目標の達成と店長のペースメーカー的役割」という視点は、単なる業務指示を超えてスタッフの内発的なモチベーションを育てるヒントとして有効です。また、店舗運営を「個人の成長」と「チームの貢献感覚」と結びつけることで、単なるアルバイト先を超えた“働く意味”を生み出すことが可能だと教えてくれます。

結論

総じて本書は、飲食業界を中心とした小規模店舗の経営者・店長に向けて、スタッフの離職を防ぎ、組織力を高めるための包括的なロードマップを提供する一冊です。全6ステージという構造は理解しやすく、特に初期段階の「快適な労働環境」「承認」「目標設定」はどの店舗でもすぐに活用できる実践的知恵と言えるでしょう。一方で、後半の「貢献」「感謝・誇り」へ進むためには、店長自身の高いコミュニケーション力と時間的余裕が必要であり、現場のリソースによっては理想倒れになりかねない難しさもあります。それでも、本書が提示する「人を辞めさせない経営」のビジョンは時代に即しており、長く愛される店舗を目指す人にとって価値ある指南書です。