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「21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由」の要約と批評

著者:佐宗邦威
出版社:クロスメディア・パブリッシング
出版日:2015年08月01日

先進国で求められる新たな人材像

先進国では、社会の成熟化とともに、常にイノベーションを生み出し続けることが求められています。
ホワイトカラーの労働者は、新興国の安く優秀な労働力との競争に直面し、さらに人工知能(AI)の発達によって、これまで人間が担っていた多くの仕事が機械に置き換わると予測されています。

このような時代を生き残るためには、オリジナルの価値を生み出せる人材になることが不可欠です。特に、デザイン思考による創造的問題解決力が重要性を増しています。

21世紀に必要とされるスキル

教育先進国では、グローバルに活躍する人材に必要な「21世紀型スキル」が定義されています。代表的なものは以下の通りです。

  • コミュニケーション
  • ICT・デジタルリテラシー
  • 意思決定と学習
  • コラボレーション
  • 創造力とイノベーション
  • クリティカルシンキング(批判的思考)と問題解決

中でも、創造力とイノベーションは最重要スキルとして位置付けられています。
この潮流を受けて、ハーバードやMITといった一流MBAでもデザインスクールの学びを取り入れたプログラムが導入されています。

左脳と右脳を統合するハイブリッドな思考法

現代ビジネスでは、ロジカルシンキングやクリティカルシンキングなど論理優位の「左脳モード」が中心ですが、創造力を発揮するには感性を司る「右脳モード」も欠かせません。

デザインスクールで学ぶ思考スタイルは、左脳と右脳を融合したハイブリッド思考です。
論理と感性をバランスよく使い、ユニークな切り口から「知的生産」を日々実践することがデザイン思考の核となります。

デザイン思考を構成する3つの要素

デザイン思考は次の3つの要素から成り立っています。

1. インプットの質を高める

デザイナーはアイデアの土台となるリサーチを重視します。
画像・動画などのビジュアルデータを集め、現場観察やインタビューなど一次情報を吸収することで、最終的なアウトプットのヒントを得ます。

特に重要なのは、自分の慣れた世界の外に出ることです。歴史や地理的背景を広く調べ、極端な価値観を持つユーザーの声も拾うことで、思考を広げられます。

また、大量の情報を整理するにはビジュアルシンキングがおすすめです。
講義や会話の内容、アイデアを文字ではなく図やイラストで表現することで、左脳と右脳を自然に切り替える習慣が身につきます。

2. 発想をジャンプさせる

アイデアを飛躍させるためにデザイナーが活用する手法には次があります。

  • 新結合:強制的に異なる要素を組み合わせる
  • アナロジー思考:異なるものの共通点を見出す
  • 前提を壊す思考:既存のルールを意図的に崩す

特にアナロジー思考では、既知の知識と未知の世界を結びつけることが重要です。
テーマに関連する写真を集め、要素を抽出して自分のアイデアに置き換えると効果的です。PinterestやInstagramなどの静止画サイトも活用できます。

3. アウトプットの質を高める

最終的な表現では、受け手の感情を動かす工夫が必要です。主な要素は以下の3つです。

  • 凝縮フォーマット:1枚のポスターやキャッチコピーで本質を伝える
  • ストーリーテリング:具体的な物語を語る(例:英雄の旅のフレームワーク)
  • 体験デザイン:プレゼン、ポスター、動画、プロトタイプ、即興劇など多様な手法で体感させる

プロトタイピングで学ぶ「手を動かして考える」

デザイン思考の重要な姿勢は、議論よりもまず手を動かすことです。
プロトタイピングでは、手元の素材を組み合わせて試作品をつくり、他者に見せることで改善点や新しい視点を得ます。完璧である必要はなく、早く形にして意見をもらうことで右脳が刺激され、新たな発想が生まれます。

デザインの世界では、進行計画は柔軟に変化します。カオスな状態を恐れず楽しむことで、新しいアイデアが生まれやすくなります。

ビジネスでのデザイン思考の活用

デザイン思考は、次のような場面で特に役立ちます。

  • 既存の枠を超えた新商品・新サービスの開発
  • 新規事業の創造
  • ブランド再構築

このプロセスはリサーチ → 分析 → 統合 → プロトタイピングの4つのモードを行き来しながら進みます。
固定の手順に従うのではなく、具体化と抽象化、ユーザーの現実と理想の未来を往復する中で、アイデアの質を高めていきます。

4つのモードと役割

デザイン思考の4つのモードは、それぞれ次の役割に例えられます。

  • 旅人(リサーチ):未知の現場を訪れ、体感し記録する
  • ジャーナリスト(分析):事実を振り返り、自分なりに解釈する
  • 編集者(統合):ユーザーの課題や価値観をキャッチコピーやビジュアルで表現する
  • クラフトマン(プロトタイピング):理想を形あるものにする

一人ですべてをこなすのは難しいため、チームで得意分野を持ち寄ることが重要です。

デザイン思考が育てる「越境人材」

デザインスクールが目指すのは、デザイン・エンジニアリング・ビジネスを横断できる越境人材の育成です。

  • デザイン:理想的な未来を描く力
  • エンジニアリング:その理想を実現する力
  • ビジネス:解決策を広げ、人を動かす力

これからの時代は、専門性を持ちながら異分野と協働し、役割を柔軟に果たせる人材が求められます。デザイン思考は、そのための強力な武器となるでしょう。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、デザイン思考を単なるクリエイティブの流行語として扱うのではなく、実践的なスキルとして体系的に解説している点です。特に「インプットの質」「発想のジャンプ」「アウトプットの質」という三段階に分けて、リサーチからアイデア創出、プロトタイピングまでのプロセスを丁寧に描いているのは秀逸です。ビジュアルシンキングやアナロジー思考、前提を壊す発想法など、具体的なツールが多数提示されており、読者は抽象的な概念にとどまらず実務に落とし込むイメージをつかみやすいでしょう。また、ハーバードやMITなどの教育現場の事例を紹介し、デザインとビジネス、エンジニアリングが交わる場の重要性を説くことで、読者に「デザインはアートではなく、イノベーションのための実践知である」という理解を促している点も評価できます。

悪い点

一方で、本書は情報量が非常に多く、デザイン思考を初めて学ぶ読者にはやや消化しづらい構成となっています。プロセスやツールの説明が連続し、事例が抽象的にとどまる部分もあるため、「どの場面でどの手法を使うのか」がイメージしづらい箇所があります。また、欧米の一流MBAやデザインスクールの紹介に重きが置かれすぎており、日本や他国のビジネス現場でどのように適用すればよいのかが十分に掘り下げられていません。さらに、「右脳と左脳のバランス」といった比喩はわかりやすい一方で、科学的な裏付けが薄く、読者によってはやや古典的・直感的な説明に感じるかもしれません。

教訓

本書から得られる重要な教訓は、未来の不確実な社会で生き残るためには、論理思考だけでは不十分であり、創造的に問題を再定義し解決策を構築する能力が必要だということです。デザイン思考は、混沌を恐れず仮説を試し、手を動かしながら学習を繰り返す姿勢を促します。特に、完璧さを求めるのではなく、不完全なプロトタイプを早く出し、他者とのコラボレーションを通じて改善していく文化は、変化の激しい時代に適応する強力な武器になります。また、専門分野を越えて協働できる「越境人材」の価値を強調しており、これからのキャリア形成を考えるうえで重要な視点を提供しています。

結論

総じて、本書はデザイン思考を理論と実践の両面から網羅的に学べる良書です。特に、論理中心の思考に偏りがちなビジネスパーソンに、創造力を取り戻し新しい価値を生むための具体的な方法を示してくれる点が光ります。一方で、初心者には情報過多になりやすく、日本の文化や組織への適用例が少ない点は改善の余地があります。しかし、グローバルな視野で働くことを目指す人や、新規事業・イノベーションに挑戦したいビジネスリーダーには大きな示唆を与えるでしょう。単なる発想法の解説書ではなく、変化を恐れず「手を動かしながら未来を描く」姿勢を身につけたい人にとって、読む価値の高い一冊です。