著者:一般財団法人国際ビジネスコミュニケーション協会(編)
出版社:ダイヤモンド社
出版日:2015年12月17日
日本企業の海外進出とグローバル化の進展
日本企業は海外進出への本気度を高め、海外売上比率の向上を目指す企業が増えている。
グローバル化は多様性(ダイバーシティ)・相互依存性(インターディペンデンス)・複雑性(コンプレクシティ)の3要素に集約され、同時に金融や情報、英語などの共通化も進んでいる。
グローバルリーダーに求められるコミュニケーション力
文化や習慣の異なる部下・顧客・取引先を引き込むには、シンプルで洗練されたメッセージが必要だ。
リーダーは複数のコミュニケーションスタイルやチャネルを使い分け、場面に応じて最適な方法を選ぶ力が求められる。
さらに、異なる価値観を持つ人への寛容さを持ち、背景を理解する姿勢が重要になる。
マイクロマネジメントの限界と「対話」の重要性
組織のグローバル化が進む中で、上司が細かく指示を出すマイクロマネジメントには限界がある。
不確実な状況で成果を生み出すには、メンバーと相互理解を深める対話型のリーダーシップが重要だ。
特に、多様な文化背景を持つメンバーとの会議では、ファシリテーション力やコーチング力が鍵となる。
日本企業のタレントマネジメントの課題
リクルートワークス研究所の大久保幸夫氏は、日本企業の「タレントを育てる仕組みの脆弱さ」を指摘している。
- 日本は任用後に育成する「育成型任用」が多く、選抜基準があいまい。
- 海外企業は客観的な評価やデータを活用し、優秀人材を早期に見極める「定着型個別処遇」が一般的。
また、日本企業はチーム力を重視する一方で、グローバル市場で求められる個の力(個力)を発揮できる環境が十分に整っていない。
日本の人材育成の歴史的背景と課題
明治維新期の日本には多様性が存在したが、近年は画一化が進み、同質的な人材が増えている。
さらに、日本企業は「育てやすい人材」を重視し、創造性や殻を破る力を持つ人材を採用しにくい傾向がある。
経営者の多くがイノベーションを求めながらも、利他性などイノベーターの本質を理解していない点も課題だ。
今後は、育成や抜擢の理由を暗黙知から明示的なロジックへ変え、実効性のある人材戦略を構築する必要がある。
海外赴任者に求められる資質と「5T」
世界9カ国での赴任経験を持つ糸木公廣氏は、海外赴任の成功を左右するのは現地との向き合い方だと語る。
重要な行動指針として「5T」がある。
- 掴み(つかみ):現地の実情を把握する
- 培い(つちかい):信頼関係を築く
- 伝え(つたえ):相手を理解した上で納得させる
- 創り(つくり):結果と仕組みを構築する
- 繋ぐ(つなぐ):ノウハウを現地に継承する
HR部門は赴任者に現地文化の理解・自己開示・親しみやすい説明を支援し、赴任経験の意義を伝える役割を果たすべきだ。
グローバルリーダーに必要な能力
IMD学長テュルパン氏は、グローバルリーダーに求められる資質として次を挙げる。
- 人への敬意と深い共感力
- 文化への強い好奇心
- 多言語運用力
- 実験を恐れない意志
- コスモポリタン的視点
特に、文化に対する好奇心はグローバルマインドを育てる出発点であり、違いを受け入れる姿勢が重要だ。
西洋と東洋の思想から学ぶリーダー像
近代のグローバル化は西洋的ロジックが中心だが、田口氏は東洋思想の重要性を指摘する。
- 西洋思想:真理は外にあり、観察できる
- 東洋思想:真理は自分の内にあり、天命に気づくことが大切
「見えないものを見る」という東洋的発想は、現代経営でも注目されている。
スティーブ・ジョブズも、顧客の真意を調査だけでなく直感的に読み取る姿勢を重視していた。
ASEAN市場での人材戦略とブランディングの課題
急成長が見込まれるASEAN市場は日本企業にとって大きなチャンスだが、多様で複雑な市場ゆえに戦略が難しい。
特にシンガポールでは、人材確保と企業ブランディングが共通の課題となっている。
採用条件やキャリアパス、社風などを含めた総合的なブランド強化が必要だ。
批評
良い点
本書の最大の強みは、日本企業が直面するグローバル化の現実を多角的に描き出している点にある。ダイバーシティ(多様性)・インターディペンデンス(相互依存性)・コンプレクシティ(複雑性)という3つの軸を掲げ、現代ビジネスが抱える本質的な課題を整理しているのは示唆に富む。また、単なる理論にとどまらず、海外赴任者の成功を左右する「5T」や、異文化適応のための具体的な行動指針(現地語の習得、比喩の活用、自己開示など)を提示しており、実務家がすぐに活かせる知恵が豊富だ。さらに、西洋思想と東洋思想を対比しつつ、グローバルリーダーに求められる内省や徳の重要性を説く視点は独自性が高く、単なる「欧米式成功法則」に依らないバランス感覚が好ましい。
悪い点
一方で、記述が広範に及びすぎるため、読者が焦点をつかみにくい印象もある。タレントマネジメント、東洋思想、ASEAN市場の採用課題、赴任者育成などテーマが多岐にわたり、章ごとの関連性や全体構造がやや曖昧に感じられる部分がある。また、問題提起は鋭いが、解決策が抽象的に終わる箇所が目立つ。「日本企業は個人の力をもっと活かすべきだ」と説くものの、そのための制度設計や評価指標の詳細は十分に語られていない。さらに、成功事例として海外の大手企業を示すことはあっても、日本企業の具体例が少なく、読者が自社に当てはめて考えるための具体的なロールモデルが不足している印象も残る。
教訓
本書が教えてくれる最大の教訓は、グローバルリーダーシップにおいて「内と外をつなぐ柔軟性」が不可欠であるということだ。外部環境に適応するだけでなく、自分自身の価値観や文化を理解し、他者の多様性を受け入れる姿勢が求められる。マイクロマネジメントが限界を迎えるなか、相互理解を基盤とした対話やファシリテーションが重要であるという指摘は、組織づくりの本質を突いている。さらに、リーダーは西洋的な合理性やデータ活用だけに頼るのではなく、東洋的な内省や徳を重んじ、目に見えない価値を意識することで初めて真のグローバルマインドを獲得できると示唆している。
結論
本書は、日本企業がグローバル化の波に本気で向き合うための「リーダーシップの再定義」を迫る良質な提言書だ。単なるスキル論にとどまらず、思想・歴史・文化までを背景に据えた議論は読み応えがある。ただし、実務への落とし込みには読者自身の解釈力と応用力を要するため、明快なマニュアルを求める人にはやや抽象的に映るかもしれない。とはいえ、海外進出を考える経営者や人事担当者、あるいはグローバルキャリアを志す個人にとって、自らのリーダー像を再考するきっかけとなる一冊であることは間違いない。特に、日本的な組織文化に安住してきた企業にとっては、変革の必要性を突きつける一読の価値があるだろう。