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「なぜ日本人は、こんなに働いているのにお金持ちになれないのか? 21世紀のつながり資本論」の要約と批評

著者:渡邉賢太郎
出版社:いろは出版
出版日:2015年02月14日

日本人のお金への無知という衝撃

日本人は、世界一お金のことを知らない。それが著者が2年間で40カ国を巡る旅で知った最も衝撃的な現実だった。

子供から学ぶイギリスの金融教育

イギリスでは、小学生が中央銀行の博物館で「インフレーションとは何か」を体験的に学んでいた。日本人の多くが説明に戸惑う概念を、子供向けに教育していることに驚かされた。

日本人の金銭教育の欠如

特に30代以下はお金に関する教育を受けた経験が乏しい。勤勉に働く一方で「お金=汚いモノ」という感覚を持ち、また物価変動や貧困の危機を経験せずに過ごしてきた。

日本人が失った交渉力

インドでは日常的に値段交渉が行われるが、日本では「定価」に慣れすぎた結果、自ら価値を判断し交渉する力を失っている。

お金に振り回される人々

証券マンとして働く中で著者は、「お金持ち=幸せ」ではないと痛感した。相続や資産管理に翻弄され、人間関係を失った人々を数多く見てきた。

リーマン・ショックがもたらした気づき

株価下落による倒産や失業の増加を目の当たりにし、「お金との正しい付き合い方」を知らないことが不幸を招いているのではないかと考えるようになった。

お金の歴史と役割の変化

物々交換から金や銀の利用、紙幣や中央銀行の登場、金本位制、そしてドルの覇権へと進化してきた。1971年以降は不換紙幣となり、お金は「信頼の媒介物」としての性質を強めた。

不換紙幣の時代と信頼の取引

現代では、お金を稼ぐことも使うことも「信頼の取引」であり、信頼がなければお金を使うことはできない。

貧しい国に見た豊かさ

バングラデシュでは、物質的な豊かさはなくとも、自然や人間関係に囲まれた幸せな暮らしがあった。お金と幸せは比例しないことを示していた。

デンマークの幸せな働き方

デンマークでは短い労働時間で生活を楽しむ文化がある。日本人が経済的に豊かでも「幸せな時間」を増やせない背景には、「お金=幸せ」という固定観念がある。

お金を目的にするか、道具にするか

お金を「目的」と捉えると不幸になるが、「信頼を築く道具」として使えば幸せに近づける。違いはお金への捉え方にある。

援助がもたらす依存の罠

ウガンダでは外国人に「お金をくれる人」という見方が根付いていた。援助が依存を生み、信頼関係を損なうこともある。

インターネットがもたらした信頼の可視化

カウチサーフィンやAmazonのレビューのように、評価や情報が「信頼の可視化」を可能にし、お金を介さないつながりを広げている。

所有から共有・共創の時代へ

シェアハウスやカーシェアなどの「共有文化」が広がり、クラウドファンディングのように共感をベースにした「共創」が生まれている。

新しいお金の世界とは

これからの時代は、信頼関係を築き、共に成長し、理想を実現するために働くことで、お金も手に入る。「所有と交換」から「共有と共創」への転換が始まっているのだ。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、著者自身が40カ国を巡る旅を通じて得た実体験に基づく洞察の豊かさである。日本人の金融リテラシー不足を単なる机上の議論ではなく、イギリスの小学生がインフレーションを遊びながら学んでいる光景や、インドでの値段交渉文化との対比を通じて鮮やかに描き出している。こうした具体的なエピソードは読者に強い印象を与え、金融教育の重要性を肌で感じさせる。また、著者がリーマン・ショックを経て「お金の仕組み」そのものに疑問を抱いた経緯も説得力を増しており、単なる旅行記や啓蒙書の域を超えた社会批評としての厚みを備えている点が評価できる。さらに、バングラデシュやデンマークで見た「お金の量と幸福の非比例関係」の記述は、日本社会が見失いがちな価値観を思い出させてくれる。

悪い点

一方で、本書にはいくつかの弱点も見受けられる。まず、日本人の「お金=汚いモノ」という固定観念や交渉力の欠如を強調する一方で、それが歴史的・社会的背景からどのように形成されたのかの分析がやや単調で、文化的要因の深堀りが不足している。また、「お金を目的とするか、道具とするか」という二分法は分かりやすいが、その中間領域や現実的な葛藤を軽視しているため、やや理想主義的に響く。さらに、事例の多くが旅先での短期的な観察に基づいており、その国の構造的課題や暗部には十分触れられていない。例えば、デンマークの労働時間の短さは社会保障制度や高税率に支えられているが、その側面は補足的にしか説明されていないため、比較の説得力が限定的である。

教訓

本書から得られる重要な教訓は、「お金そのものよりも信頼やつながりの方が、より持続的な価値を生む」という点に尽きる。お金が金本位制から不換紙幣へと変わり、最終的に「信頼の媒介物」へと進化してきた歴史的経緯を踏まえると、現代において必要なのは金融知識そのものだけでなく、人と人との関係をどう築くかという社会的スキルであると理解できる。クラウドファンディングやカウチサーフィンといった事例は、単なる技術革新ではなく「信頼の可視化」を通じて新しい経済の形を生み出していることを示している。つまり、資産の大小にかかわらず、信頼を交換し共有する姿勢こそが幸福を左右するのだというメッセージは、日本社会における働き方や生き方の再考を促す示唆に富んでいる。

結論

総じて本書は、日本人の金融リテラシーの低さを単なる教育不足に還元せず、文化や価値観の問題として浮き彫りにしつつ、世界の事例から「お金の新しいあり方」を探ろうとする意欲的な試みである。良い点と悪い点が混在してはいるが、読者に「自分にとってお金とは何か」という根源的な問いを投げかける力をもつ。経済的豊かさと幸福が必ずしも一致しない現実を直視し、お金を「目的」から「道具」へと位置づけ直すことができるかどうかは、これからの社会の成熟度を測る試金石になるだろう。本書はその第一歩として、読者に思考のきっかけを与える良書である。