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「エバンジェリストの仕事術 自分の価値を高め、市場で勝ち抜く」の要約と批評

著者:西脇資哲
出版社:日本実業出版社
出版日:2015年02月19日

エバンジェリストとは

「エバンジェリスト」とは、近年IT業界で広まっている職種のひとつで、最新技術や新しい価値観を伝える役割を担う存在である。本書では特に「新しい価値観を伝えるひと」と定義している。

エバンジェリストの特徴

エバンジェリストの主な仕事はプレゼンやデモを通じて、製品の機能だけでなく、その先にある新しい世界観や企業の熱意を伝えることだ。企業に属しながらも中立的な立場を保ち、業界全体の発展を目指す点がユニークである。

エンジニア出身者が多い理由

正確な比較や魅力の伝達には技術的素養が不可欠であり、多くのエバンジェリストはエンジニア出身者だ。著者の西脇氏もその一人である。

評価基準を自ら作る役割

新しい職種ゆえに、評価基準を自ら構築する必要がある。西脇氏はセミナー回数や参加者数に加え、満足度や指名率などを指標としている。

西脇氏のキャリアの始まり

西脇氏は日本マイクロソフトのエバンジェリストであり、同社の業務執行役員でもある。彼のキャリアは1980年代後半、プログラマーとして始まり、システムエンジニアやプリセールスエンジニアを経て進んでいった。

インターネットとの出会い

1995年、インターネットの到来を契機にISPを立ち上げ、技術の可能性を広める活動がエバンジェリストとしての萌芽となった。

日本オラクルでの経験

日本オラクルでマーケティング職に就き、無名だったミドルウェア製品を徹底的に理解し、その価値を伝えることでトップシェアに導いた。これがエバンジェリストとしての本格的な経験だった。

日本マイクロソフトへの転機

より大きな規模の活動を求め、日本マイクロソフトへ移籍。経営者が求めるのは製品そのものではなく「製品で何ができるか」であると学び、社長直轄のエバンジェリスト職を得る。

日常の業務スタイル

エバンジェリストはイベントやセミナー中心のため、準備や学習は早朝に行う。依頼には迅速に対応し、小規模イベントも重視する。プレゼンは準備とリハーサルが9割であり、徹底したこだわりが成果を生む。

プレゼンにおける工夫

対象ごとにプレゼン手法を変える。経営者には簡潔に、開発者には仲間意識を、競合相手には比較を重視し、メディアには記事化しやすさを意識する。

「伝える技術」の発信

2006年以降、「デモの達人」や「エバンジェリスト養成講座」を開催。惜しまずノウハウを公開し、多業界から講座依頼が寄せられるようになった。

エバンジェリストの可能性

エバンジェリストはマネージャーではなくプレイヤーでありながら、経営層に近づく新しいキャリアパスを切り開いた存在である。

メッセージと成功への軌跡

「考え、売り込み、道を拓け。努力し、進化し続けよ」。西脇氏のメッセージはあらゆる職種に通じるものである。幼少期から好きなことを続けた結果がキャリアへと結実した。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、「エバンジェリスト」というまだ一般的に広く認知されていない職種を、具体的な経験と豊富なエピソードを通じて明快に定義している点にある。著者・西脇氏が自らのキャリアを紐解きながら、エバンジェリストが担う「新しい価値観を伝えるひと」という役割を、理論だけでなく実務の側面からも描き出していることは非常に説得力がある。さらに、単なる製品紹介ではなく、未来の世界観や企業の思いを伝える存在としての位置づけは、読者に新鮮な視点を与える。特にプレゼンやデモの重要性、徹底した準備とリハーサルの姿勢は、多くの職業人に応用可能な普遍性を持ち、本書を単なるIT業界の専門書に留めていない。

悪い点

一方で、全体の構成が著者の成功体験に大きく依拠しているため、やや自己礼賛的な印象を与える部分も否めない。豊富な実績や具体例は確かに参考になるが、その多くが日本マイクロソフトやオラクルといった巨大企業を舞台にした話であるため、中小規模の企業や異業種で働く読者には距離感を覚える可能性がある。また、プレゼン技術やSNS活用法などの実用的なアドバイスもあるものの、情報が多岐にわたり整理しきれていない印象を与える箇所もあり、読者によっては「消化不良」と感じるリスクがあるだろう。さらに「こだわれない人間はエバンジェリストになれない」という断定的な表現は、柔軟性に欠けると受け取られかねない。

教訓

本書から得られる最も大きな教訓は、専門性を基盤に「伝える力」を磨くことで、自らの市場価値を高め、キャリアの新たな道を切り拓けるという点である。著者が繰り返し強調する準備の徹底、デモやプレゼンの細部へのこだわりは、成功が偶然ではなく必然であることを物語っている。また、「比較はしても批判はしない」「社長の夢を代弁する」など、中立的で建設的な姿勢が、長期的に信頼を積み重ねる秘訣であることも示唆している。さらに、実績を後進に開示することが新たな機会を生むという気づきは、個人の成長がやがて組織や業界全体に波及する循環の大切さを教えてくれる。

結論

総じて本書は、「エバンジェリスト」という職種の紹介にとどまらず、あらゆるビジネスパーソンに必要な「伝える力」「準備の姿勢」「未来を見据える視野」を身につけるための指南書として位置づけられる。著者のキャリアを軸にした内容は成功譚としての色合いが濃いが、そこから抽出される本質は、企業規模や業界を超えて普遍的に通用する。とりわけ「自ら考え、売り込み、道を拓け」というメッセージは、現代の不確実な労働環境において大きな示唆を与える。エバンジェリストを目指す人はもちろん、説得力あるプレゼンを求められるすべての人にとって、本書は実用的かつ刺激的な一冊である。