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「どんな時代もサバイバルする人の「時間力」養成講座」の要約と批評

著者:小宮一慶
出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
出版日:2009年11月19日

ビジネスに求められる「時間力」とは

ビジネスでは、投入した時間の長さではなく、アウトプットの質と量が問われる。本書で提唱する「時間力」とは、「やる気のある時間」をいかに増やすかを意味する。

「やる気」と「自由度」を軸にしたマトリクスで考えると、「やる気があり、自由度の高い時間帯をどれだけ持てるか」がアウトプットを左右する。また、自由度の低い仕事をやる気を持って取り組めるかどうかが、上達の度合いを決める。

自分の調子の良い時間帯を活用する

最も高いパフォーマンスが出せる「自分の調子の良い時間帯」を把握し、その時間を最大限に活用することが重要だ。他人や不必要な仕事に邪魔されないようにしよう。

例えば著者は、調子の良い朝に原稿を集中して書けるよう、前日の夜に資料を用意しておく。これにより翌朝のスタートダッシュをスムーズにしている。

また、始業時間に良いスタートを切るためには、前日の夜や通勤時間に仕事の段取りを考えておくとよい。時間の使い方をあらかじめ計画しておくことで、自分が時間をコントロールしている感覚が得られる。

やる気を高める目標設定のコツ

やる気の高い時間を増やすには、目的と目標を持つことが重要だ。著者は「目的=存在意義」「目標=その通過点」と定義している。

最初から大きな目的を見つける必要はない。良いアウトプットを出して人に喜ばれ、さらに努力する中で徐々に存在意義が見えてくる。

まずは、長期目標ではなく短期的な月間目標を立てることをおすすめする。例えば、「仕事に関連する本を1章読む」といった小さな目標でもよい。1カ月ごとに目標を設定・達成するサイクルを続けることで、1年以内に長期目標が見つかる可能性が高まる。

長期目標を見つけるためのステップアップ式の方法

「人生の目的と直結する大きな目標」からブレークダウンして計画を立てるのは難しい。そこで、小さな月間目標を積み重ねて長期目標を見つけるステップアップ式を推奨する。この方法なら、目標を達成しやすく、自然に人生の方向性を見いだせる。

時間力を高める技(インプット編)

ビジネスパーソンは、短時間で質の高いアウトプットを大量に出すことが求められる。そのためには、効率的で良質なインプットが必要だ。

必要な知識を短時間で吸収するには、情報を整理できるフレームワークを持つことが重要だ。フレームワークは「整理棚」のように働き、情報を記憶しやすくし、関連性を見出す助けとなる。

まずは、自分の担当分野に関する基本的なフレームワークを理解しよう。ビジネスリーダーや経営者を目指す人は、特に会計の基礎を学んでおくとよい。財務三表(貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書)を理解することで、企業活動の全体像を把握できる。

さらに、人からの情報収集も重要だ。優れた分析力と情報を持つ知人とのつながりは大きな武器になる。ただし、そのためには自分自身の能力を高め、良いアウトプットを提供する意識が必要だ。お互いを高め合う関係を築くことが、質の高い情報を得る近道になる。

時間力を高める技(アウトプット編)

著者は「1時間で原稿用紙10枚を書ける」のは、徹底した段取りによるものだという。段取りとは、将棋やチェスのように先を予測し、対策を準備しておくことだ。

文章を書く際は、筋書きを事前に考えることが重要だ。移動中などでもできるし、テーマやネタを日常的に蓄えておくとよい。特に、「バリュー(価値)とインパクト(印象)」を意識してアイデアを表現することが重要だ。

プレゼンや企画書でも同様に、「どうすれば相手の関心を引けるか」を常に考える習慣を持つとよい。

著者は年間200回以上の講演や研修を行うが、資料を細かく作り込まず、項目だけのレジュメを用意するだけだ。これは、自分の得意分野だけを話すようにしているからである。得意分野なら日頃のインプットが活き、準備に時間をかけずに済む。

また、話す際には単に情報(意味)を伝えるのではなく、自分の意識や信念を伝えることが大切だ。聞き手の心を動かすのは、話し手の感動や想いである。

時間力を阻害する誘惑と対策

時間管理を妨げる代表的な落とし穴をいくつか紹介する。

  • 時間があること
    余裕があると、仕事はその分だけ膨張する。少し余裕がないくらいの環境で仕事を進める習慣を持つことが重要だ。
  • 簡単な仕事を速くこなすだけで満足すること
    若いうちは簡単な仕事が多いが、速さだけで満足してはいけない。内容を深く理解し、成長につなげるべきだ。
  • 適当に仕事をする人をパートナーに選ぶこと
    周囲の影響は大きい。努力する人と組むことで、自分も高いレベルを維持できる。

また、生産性を下げる見えない要因として、不安や優柔不断による「迷う時間」がある。失敗を恐れることで決断を先延ばしにし、結果としてアウトプットが遅れるのだ。

精神的な自由度を保ちながら徹底して仕事を続けることが、恐れを乗り越え、短時間で良質なアウトプットを出す鍵となる。

創造性と生産性を高めるための習慣

  • 自分の調子の良い時間帯を創造的な仕事に充てる
    毎日、自分の状態を見極めて、最もエネルギーが高い時間を重要な仕事に使う習慣を持とう。
  • 何でも引き受けない
    企業が得意分野に集中するように、個人も自分を差別化できる分野に時間を使うべきだ。有限な時間を最適に配分することが、成果を高めるカギとなる。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、「時間力」という独自の概念を軸に、生産性を高める具体的な方法を体系的に提示している点にあります。単なる時間管理術ではなく、「やる気」と「自由度」という2軸で時間の質を測ろうとする発想は新鮮です。特に、自分の「調子の良い時間帯」を把握して創造的な作業にあてるという提案は、自己効率化を目指すビジネスパーソンにとって即実践できる知恵でしょう。また、目標設定を大きな人生目標から逆算するのではなく、月間目標を積み重ねることで最終的な目的を見つけ出すというステップアップ方式は、多くの人が挫折しやすい長期計画に対する現実的なアプローチとして高く評価できます。さらに、著者自身の実践例(朝に原稿を書く準備をする、パワポを使わず講演を行うなど)が豊富で、理論が机上の空論に終わらず、実践的な説得力を備えています。

悪い点

一方で、本書は全体的に著者個人の成功体験に依存しており、一般化が難しい部分もあります。例えば「得意分野のことだけを話す」「準備時間を極力減らす」といった助言は、著者のように既に専門性を確立した人には有効でも、キャリア初期のビジネスパーソンにはリスクが高い可能性があります。また、時間の質を「やる気」と「自由度」で測るアイデアは興味深いものの、両者をどう定量的に把握し、日々の業務で管理するかは十分に掘り下げられていません。さらに、インプットに関する部分では「日経新聞を読む」「財務三表を学ぶ」など古典的な学習方法が中心で、現代の情報環境(オンラインツールやAIの活用など)への適応が弱い印象を受けます。理論の一貫性はあるものの、読者によっては「結局、著者のやり方を真似るしかないのか」と感じてしまうかもしれません。

教訓

本書から学べる最も重要な教訓は、「時間の長さではなく、時間の質が成果を決定する」というシンプルな真理です。やみくもに長時間働くのではなく、自分の集中力が高く自由度の高い時間を増やす工夫こそが、効率的でクリエイティブなアウトプットにつながるのです。また、完璧な長期計画を立てようと悩むよりも、小さな目標を積み重ねることで最終的な方向性を見つけていく姿勢が、キャリア形成や自己成長において有効だと教えてくれます。さらに、「良いアウトプットを提供することが、良い情報や人脈を引き寄せる」という考え方は、ビジネスにおける信頼関係づくりの本質を突いており、自己中心的な成果主義を超えた協働の重要性を示唆しています。

結論

総じて本書は、働き方を根本から見直したいビジネスパーソンにとって価値ある示唆を与える一冊です。特に、時間の「量」ではなく「質」を管理しようという発想や、月間目標からキャリアの方向性を模索する手法は、現代の不確実な環境でも実践可能な指針となります。ただし、著者の成功モデルをそのまま模倣するのではなく、自分自身のキャリアステージや環境に応じて柔軟に取り入れることが重要です。既に専門分野を持つ中堅以上のビジネスパーソンには特に有用であり、若手にとっても時間の捉え方を変えるきっかけになるでしょう。「時間を制する者が、成果を制する」というメッセージを、理論と実践例を通じて力強く伝えてくれる良書です。