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「英国超一級リーダーシップの教科書」の要約と批評

著者:ジョン・アデア、酒井正剛(監修)、高橋朗(訳)
出版社:こう書房
出版日:2015年03月20日

リーダーシップの3つのアプローチ

資質からのアプローチ

リーダーシップ開発には3つのアプローチがある。
1つ目は「普遍的なリーダーシップの資質が存在する」という考え方だ。代表的な資質は以下の7つである。

  • やるべきことに立ち向かう「熱意」
  • 人々の信頼をつくり出す「誠実さ」
  • 立ち直りが早く、粘り強さを持つ「タフネス」
  • 成果に対して公平に処遇する「公明正大」
  • 気配りや思いやりを持つ「温かさ」
  • うぬぼれを排除し他者の意見に耳を傾ける「謙虚」
  • 自信過剰にならない程度の「信頼」

これらは後天的に開発可能であり、まずは自分の成長度合いを測ってみることが推奨されている。

状況対応型アプローチ

2つ目は「リーダーシップは状況に左右される」という考え方である。
仕事上の技術的・専門的知識が権威や信頼の源となり、変化する状況に柔軟に対応することが求められる。

ファンクションからのアプローチ

3つ目は、グループの欲求・ニーズに応えるファンクション(行動)を通じてリーダーシップを発揮するというものだ。仕事の集団には共通して以下の3つの欲求がある。

  1. タスクの欲求:課題を達成したいという圧力
  2. チーム維持の欲求:結束力を保ち分裂を防ぐ欲求
  3. 個人の欲求:成長や承認、やりがいを求める欲求

リーダーはこれら3つの欲求に応える行動を学び、実践・経験・振り返りを通じて成長していく。

8つのリーダーシップ・ファンクション

著者は「行動を基軸とするリーダーシップ(ACL)」として、主要な8つのファンクションを提示している。

① タスクを明確にする

チームの考えを1つの目標に束ねる行動。
期限が明確で評価可能かつ挑戦的な目標を設定し、「なぜそれを行うのか」を伝えることが重要。

② 計画する

タスク完遂のための計画を立てる行動。
どの程度リーダーが計画に関わり、どこまで権限を委譲するかがポイント。

③ 要約する

目的や計画の要点を的確に伝える行動。
シンプルな言葉で熱意を込めてメッセージを伝え、初回ミーティングでビジョンを共有することが重要。

④ 統制する

チームが自由に使える資源を確保しつつ、指示・規制・勇気づけを行う行動。
自律性を保ちながらもリーダーが方向性を示す。

⑤ 評価する

目標達成度を測り、チームや個人の成果を評価する行動。
定型化に陥らず、成長を促す評価を行うことが重要。

⑥ 動機づけする

報酬や内在する欲求に応えてメンバーを動かす行動。
リーダー自身が目標にコミットし、進捗をフィードバックする。

⑦ 組織化する

メンバーが全体最適の中で正しい役割を果たせるよう、組織を整える行動。
システムの機能化や管理者の状況把握も求められる。

⑧ 模範となる

有言実行し、行動で示す行動。
現場を理解し、チームの価値観を進化させ、役割を考慮することが鍵。

リーダーの自己啓発と次世代の人材育成

どのように自分を磨くか

リーダーは自ら責任を引き受ける覚悟を持ち、リーダーシップ開発の機会を積極的に活用するべきである。
また、内省とフィードバックを通じて成長の道筋を具体化することが大切だ。

次のリーダーをどのように育成するか

将来のリーダーを育成する際のポイントは以下の通り。

  • 人選:潜在的に有益なリーダーになれる人を選ぶ
  • 訓練:新任リーダーに適切なリーダーシップ研修を提供する
  • 可能性を引き出す:人々の中にある偉大さを発揮させる支援を行う

批評

良い点

本書の最大の魅力は、リーダーシップという抽象的で複雑なテーマを、実践的かつ多面的に解説している点にあります。特に「資質」「状況」「ファンクション」という3つのアプローチを提示することで、リーダー像を単なるカリスマ性や生まれ持った才能に依存させず、誰もが学び成長できるスキルとして位置づけている点は非常に現実的です。7つのリーダー資質を後天的に育てられると説き、自己診断や振り返りを推奨する姿勢は、読者の自己啓発意欲を高めます。また、8つのリーダーシップ・ファンクションを「行動を基軸とするリーダーシップ(ACL)」として体系化していることも大きな強みです。「タスクを明確にする」「模範となる」など、実務で即活かせる行動指針が具体例とともに示されており、理論が机上の空論に留まらない実用性を備えています。さらに、リーダー自身の成長と次世代リーダーの育成にまで視野を広げた構成は、マネジメント層にとっても価値が高いでしょう。

悪い点

一方で、情報量が非常に多く、読者によっては冗長に感じられる部分があります。特に8つのファンクションの章では、各項目に細かい説明が付与されている反面、要点が散漫になりやすく、初学者には全体像をつかみにくいと感じるかもしれません。また、状況対応型アプローチやファンクションの概念は優れているものの、最新の組織論やアジャイルマネジメントのトレンドとの接続がやや弱く、やや古典的な枠組みにとどまっている印象もあります。さらに、リーダーの自己啓発や後進育成に関する助言は汎用的で、具体的な手法やケーススタディが少ないため、現場での実践をイメージしにくい読者もいるでしょう。全体として、内容の幅広さが逆に焦点のぼやけにつながり、読後に「結局どのアクションから始めるべきか」を迷う可能性があります。

教訓

本書が伝える最も重要な教訓は、リーダーシップは特別な人だけが持つ先天的な才能ではなく、意図的な学びと行動によって誰でも育てうるということです。リーダーとしての成長は、資質を自覚し磨くこと、状況を正しく読み柔軟に対応すること、そしてチームのタスク・関係性・個人の欲求に応える具体的な行動を積み重ねることによって可能になります。さらに、自分の視野を広げる内省やフィードバックの受容が不可欠であり、現場主義や「ヘリコプタービュー」を持つことが長期的な成長を支えます。また、次世代リーダーを育てる責務は戦略的リーダーにあると説く点は、組織の持続的発展において重要な指摘です。人材を単なる調整役として選ぶのではなく、潜在的なリーダーシップの芽を見抜き、適切な訓練や成長の機会を提供する姿勢が求められます。

結論

本書は、リーダーシップを「生まれ持ったカリスマ」から解放し、努力と実践を通じて誰もが身につけられる行動様式として再定義した意義深い一冊です。理論と実践を行き来しながら、個人の成長と組織全体の発展を結びつける内容は、これからリーダーを目指す人にも、既にマネジメントに携わる人にも有益でしょう。特に、ファンクションという行動指針は、リーダーの役割を曖昧な「統率」ではなく、具体的なタスク遂行と人間関係の調整へと落とし込む優れた視点です。ただし、内容の広さゆえに取捨選択が難しく、初めてリーダーシップを学ぶ読者は要点をまとめながら読む工夫が必要かもしれません。総じて、実践を重視し、学びを行動に変える意欲を持つ読者にとって、本書は有益な羅針盤となるでしょう。