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「マイクロソフトを辞めて、オフィスのない会社で働いてみた 「リモートオフィス」で仕事の未来を考える。」の要約と批評

著者:スコット・バークン、依田卓巳(訳)
出版社:新潮社
出版日:2015年02月18日

ワードプレスとオートマティックの特徴

世界のウェブサイトの約20%で利用されているブログソフト「ワードプレス」。これを運営するオートマティック社は、従来の企業文化とは大きく異なり、社員は自由な場所で働き、成果を日々公開し、休暇も自由に取れる環境を持っている。

フラットな組織からチーム制への移行

2005年の創業以来、物理的な拠点に縛られず、フラットな組織体制を敷いていた。しかし2010年、組織の混乱を収めるため、50人を10チームに分け、各チームにリーダーを置く体制へと移行した。

著者スコット・バークンの参画

本書の著者スコット・バークンは、マイクロソフトを退職後、コンサルタントを経てオートマティックに参加。チームリーダーとして働きながら、リモートオフィスの実態を体験的に描き出した。

リモートワークの実態

多くの業務がオンラインで完結し、社員同士が直接会うのは年に数回程度。著者の率いた「チーム・ソーシャル」も、世界各地からメンバーが参加していた。

採用とトライアル制度

オートマティックには従来の面接はなく、実際の業務をこなす「トライアル期間」で評価される。採用後もまず「チーム・ハピネス」で顧客サポートを経験し、知識やチームワークを培う。

成績管理と自己管理

サポート業務は件数や処理時間が統計化され、評価につながる。リモート環境では自己管理が不可欠であり、トライアルは適性を見極める仕組みにもなっている。

コミュニケーション手段

社内のやり取りは主に「P2」と呼ばれるブログが75%、IRCが14%、スカイプが5%、メールはわずか1%。P2は議論からジョークまで幅広く活用される。

信頼関係の重要性

著者にとって最大の課題は「直接話せない」こと。彼は「信頼」が不可欠だと結論づけ、議事録を丁寧に記録することで信頼を得ていった。

仕事の進め方

社員は課題を自ら選び、改善指標を設定し、成果を公開・修正するサイクルを繰り返す。この自由な仕組みは創造性を高める一方、大きな課題も生んでいた。

自由ゆえの課題

自由度の高さが「誰もやらない問題」を生み出す。デザイン改善や機能統合のような大規模で難しい仕事は敬遠されがちで、文化的な弱点となっている。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、オートマティック社という「リモートワーク先進企業」の内部を臨場感をもって描き出している点である。著者自身がマネジャーとして参画し、日々の業務を「参加型ジャーナリズム」として記録しているため、単なる外部からの観察や調査報告ではなく、実際に体験した人間ならではの説得力がある。社員が物理的なオフィスに縛られず、世界中の好きな場所で働くという自由さや、採用におけるトライアル制度、社内ブログ「P2」を基盤としたコミュニケーションの仕組みは、現代の働き方改革の文脈において非常に新鮮で刺激的だ。また、「信頼」を得ることでしかリーダーシップは成立しないというスコットの実感は、単なるリモート論を超えて普遍的な教訓を含んでいる。

悪い点

一方で、本書はオートマティック社の理想的な部分を強調するあまり、現実の困難や限界を描く際にやや説明不足の印象も否めない。例えば、リモート環境における「自由であるがゆえに誰もやらない」という問題は核心を突いた指摘であるが、なぜ組織としてそれを是正できなかったのか、あるいはどのように解決しうるのかについて十分に掘り下げられていない。また、文化的な自由や柔軟性が全員に合うわけではなく、自己管理が苦手な人材を排除してしまう厳しさも見逃せない。本書は理想像を描くあまり、読者に「この働き方は誰にでも可能である」と誤解させる危険を孕んでいる。

教訓

本書から導かれる重要な教訓は、リモート環境の成否はテクノロジーや制度ではなく、個々の人間関係と信頼にかかっているという点である。物理的に会えない状況では、細やかな会話や雰囲気から相手を理解することができず、代わりに誠実な記録や一貫した行動が信頼の基盤となる。また、「自由」と「責任」は不可分であり、自由な環境を享受するためには高い自律性と規律が必要であることも示されている。さらに、組織文化がいかに自由であっても、誰も手を付けたがらない大規模で複雑な課題が放置される傾向にあるという「パラドックス」は、どの組織にも普遍的に存在する難題を浮き彫りにしている。

結論

総じて本書は、単なる企業紹介ではなく、未来の働き方を考える上での豊かな示唆を与えてくれる一冊である。オートマティック社の事例は、リモートワークやフラットな組織に関心を持つ人々にとって格好のケーススタディとなるだろう。ただし、そこに描かれる自由で柔軟な職場は、すべての人にとって理想的ではないことも同時に認識すべきだ。本書を通じて私たちは、リモートワークを単なる効率化の手段ではなく、人間同士の信頼と責任を試す新たな舞台として捉え直すことができる。すなわち、この本は「リモート時代の働き方」に関する理想と現実を併せて考えるための貴重な批評的素材を提供しているのである。