Uncategorized

「ブランド「メディア」のつくり方 人が動く ものが売れる編集術」の要約と批評

著者:嶋浩一郎
出版社:誠文堂新光社
出版日:2010年10月12日

ヤフー・ニュースの圧倒的な存在感

ヤフー・ニュースは巨大な集客装置である。奥村氏によれば、月間ユニークユーザーは6,900万人、PVは約45億に達するという(肩書や数値は当時のもの)。

記事制作の仕組み

ヤフー・ニュースは自ら記事を書かず、150の配信元から届く記事の中から1日40〜50本を編集部が選定する。読者の関心を予測し、関連記事のリンクを組み合わせて1つのパッケージを作り、13.5文字の見出しを付ける。

トップページに掲載される記事

記事は「海外」「経済」など8つのジャンルに分けられ、そこからトップ画面にふさわしい8本を選び抜く。掲載されるニュースの割合は「社会的に重要なニュース6割、エンタメ的ニュース4割」というバランスで構成される。

見出し作りの工夫

見出しは13.5文字に収め、瞬時に意味が伝わるように工夫される。編集部全員でブラッシュアップし、クリックしなくても内容がわかるタイトルを目指す。ユーザーを「釣る」目的の表現は避け、削ぎ落としの妙を大切にしている。

ヤフー・ニュースはメディアか

「取材をするのがメディア」と考える人にはメディアではないが、「多くの人に読まれているからメディア」とする人もいる。奥村氏は、立場を明確に決めるのではなく、「伝えるべきことを伝える」姿勢を重視している。

PV至上主義への危機感

PVを狙うだけでは読者が本当に知りたい情報が届かなくなる可能性がある。クリックしなくても内容が伝わり、トピックを意識してもらえることを大切にし、矜持を持ってニュースを提供している。

ネットニュース界の構造

ネットニュース界最大の存在はヤフー・ニュース。他のニュースサイトは、いかにヤフーに取り上げられてPVを稼ぐかを狙っている。ひな壇芸人が司会者にイジられて露出を増やすような構造だと例えられる。

ネットニュースのビジネスモデル

ネットニュースはPV獲得による収益が基本だが、サイト同士でリンクを貼り合い送客し合う関係性もある。それでもユーザーに訪れてもらうにはオリジナリティが不可欠。ライブドアニュースは下世話さや権力批判など独自性を意識している。

PVを稼ぐ記事の特徴

PVを稼ぐ要素として挙げられるのは次の10項目である。
突っ込みどころ/B級感/鋭い意見/テレビやヤフーで紹介/モラル性/芸能/エロ/美人/時事性/他人の不幸。

ネットニュースにおける見出しの重要性

見出しはクリックを誘う最大の要素。ライブドアニュースでは怒りを引き出す表現や主語を冒頭に置くなど工夫を凝らしている。

模索するネットニュースの役割

PV偏重で大衆化や下世話化が進むなか、世の中に何を提供できるかは模索中。しかし新聞やテレビへのチェック機能としての役割は認識しており、今後は各サイトが独自の価値を追求していくと考えられている。

メトロミニッツの編集方針

「メトロミニッツ」は20〜30代の通勤者に向けて無料配布される媒体。モノ情報ではなくコト情報を提供し、「日常を楽しむ提案」で読者を引き込む編集方針を掲げている。

広告と編集の融合

誌面はマルチトピックス型で、広告を自然に混在させる仕組みを取り入れた。商品にストーリー性や意外性を持たせ、読者に響く提案を重視している。

新しい編集の形

誌面と消費行動を連動させる試みを進め、限定プランやキャンペーンを通じて送客手数料を得るなど、新しいビジネスモデルを展開している。

ブルータスの特集の種類

ブルータスの特集は「売るため」「広告をとるため」「色を出すため」の3種類。ブランドをつくるには「色を出す特集」が欠かせない。

編集の切り口と体制

「ブルータスらしさ」は切り口にある。少人数体制で1号を作り上げ、常に「ちょっと先」を探る編集姿勢を大切にしている。やりすぎともいえる徹底調査が、新鮮な特集を生み出す原動力となっている。

編集部の姿勢と誇り

ブルータスは常に他ではできない企画を実現し、「編集の可能性を切り拓いてきた」という自負を持つ。新しい編集の可能性を模索し続け、未来に向けた挑戦を続けている。

批評

良い点

本書の優れた点は、ニュースメディアや雑誌編集における「編集とは何か」という根源的な問いを、多角的に描き出していることだ。ヤフー・ニュースにおける見出し13.5文字の制約や、PV偏重ではなく読者に「知るべきこと」を届ける姿勢は、ネットニュースの巨人としての矜持を感じさせる。また、メトロミニッツの「時間を少しだけください」という逆説的な呼びかけや、広告と記事をシームレスに織り交ぜる発想は、限られた通勤時間をターゲットにしたマーケティングと編集の妙が表れている。さらに、ブルータスの「ちょっと先」を提示する特集作りや、少人数体制でストーリーを紡ぎだす姿勢は、雑誌編集の可能性を広げる挑戦として高く評価できる。全体を通して、各メディアが「どう読者に時間を割いてもらうか」を真剣に考えている点が光る。

悪い点

一方で、浮かび上がる課題も少なくない。ヤフー・ニュースでは「PV至上主義」への警戒が語られてはいるが、実際には見出しの工夫や「クリックされやすさ」が最前線に置かれている印象も残る。そのため、情報の本質よりも瞬間的な注目を集めることに偏りかねない危うさを抱える。メトロミニッツにおいても、広告と記事の境界があいまいになる点は、編集の独自性を損なうリスクと表裏一体である。また、ブルータスの「オーバーアチーブ」精神は確かに独自性を生むが、一歩間違えば編集者の過剰な自己満足に陥り、読者の共感を失う可能性もある。全体を読むと、各メディアがそれぞれの強みを持ちつつも、「商業性」と「公共性」の狭間で揺れる脆さが見えてくる。

教訓

この本から得られる教訓は、メディアがどのような規模・形態であれ、編集の核は「切り口」と「届け方」にあるということだ。ヤフー・ニュースが見出しを徹底的に磨き上げるのも、メトロミニッツが消費行動を含めたパッケージ編集を目指すのも、ブルータスが一冊でストーリーを作ろうとするのも、すべては「どう読者の心をつかむか」に帰結している。また、PVや広告収入といった短期的な成果だけを追うのではなく、「自分たちは読者に何を提供しているのか」という価値意識を持ち続けることの重要性も示唆されている。つまり編集とは、単なる情報の寄せ集めではなく、読者の時間や関心をどう設計し、導くかという創造的な営みなのだ。

結論

総じて本書は、ネットニュースからフリーペーパー、そして老舗雑誌に至るまで、日本のメディアが抱える課題と可能性を生き生きと描き出した一冊である。PV偏重や広告依存といった宿命を背負いながらも、それぞれが工夫を凝らし「編集の未来」を模索する姿勢は、現代の情報社会を考えるうえで貴重な示唆を与える。読者はこの本を通じて、普段何気なく消費しているニュースや記事の背後に、熾烈な取捨選択と独自の美学が潜んでいることを知るだろう。結論として、この本は「編集という行為の意味」を問い直し、情報の海に漂う私たちに、読むことの本質的な価値を思い起こさせる批評的なテキストである。