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「ヘッドハンターだけが知っている プロ経営者の仕事術」の要約と批評

著者:古田英明
出版社:新潮社
出版日:2015年11月20日

外部で活躍を目指す30〜40代ビジネスパーソンの増加

近年、30代・40代で会社の外に飛び出し、活躍しようとする人材が増えている。関連会社で経営スキルを磨き、プロ経営者としてスカウトされるのを待つ人もいれば、外資系企業への転職でチャンスを狙う人もいる。

一方で、サントリーや資生堂といった大企業が外部人材を経営トップに迎える例が増えている。これは、大企業が社内でプロ経営者候補を育てる力を失いつつあることを示しており、日本全体でビジネスリーダーが不足している現状を映し出している。

プロ経営者とは何か

著者によると、プロ経営者候補とは「上位5%のビジネスパーソン」だ。彼らは以下の特徴を持つ。

  • 確固たる仕事哲学・職業観を持つ
  • 豊かな人間性を備えている
  • 幅広いビジネス知識と技術を持っている
  • 「自分が働くことで残り95%を幸せにする」という信念を持つ

プロ経営者は、トップダウンで人を動かすのではなく、周囲を楽にし、チーム全体を前進させる存在である。

日本企業がリーダーを育てられなくなった理由

日本企業ではかつて、厳しい環境でリーダーを鍛える「辺境」と呼ぶべき部門や子会社、支社が存在した。しかし現在、それらが失われた結果、タフなビジネスリーダーが育ちにくくなっている。

過去の有望なリーダーたちは、危機感を持って困難な仕事に取り組み、非エリートコースで鍛えられた。不確実な環境を切り抜ける中で、エリートコース出身者を凌ぐ「不死身の男」へと成長していったのである。

リーダー育成の新たな方法:海外派遣の重要性

著者は、今後のリーダー育成にはアジア、特にASEANへの派遣を推奨している。理由は以下の通り。

  • グローバル企業で活躍する一流ビジネスパーソンと競い合える
  • 大規模なビジネスを自己裁量で動かす機会が多い
  • 開発・営業・マーケティング・財務など幅広い領域を学べる

国内のように経営陣の承認を逐一待つ必要がないため、経営者になるための格好の修行の場となる。

プロ経営者に求められる姿勢と理想像

プロ経営者は、オールラウンダーでありつつも、得意分野では世界水準を超えるレベルが求められる。
また、業績を上げた後も一つの成功に固執せず、企業のステージに合わせて経営を次のリーダーに譲り、自らは新しい挑戦に進む柔軟さが重要だ。

日本企業の組織変化と上位人材の競争激化

日本市場の縮小とグローバル競争の加速に伴い、日本企業の組織や人事制度も欧米型に近づいている。
人材分布を示す「2:6:2の法則」において、今後は上位と中位の待遇格差が拡大する見込みだ。
上位5%を目指す競争は激化するが、努力して自分を磨いた経験は必ず活きると著者は述べている。

リーダーを育てる条件と求められる資質

リーダーは自然発生しない。組織はリーダー候補を発見し、育てる必要がある。

LIXIL元社長・藤森義明氏(GE出身)は、リーダーに必要な4つの要件を挙げている。

  1. Energy:エネルギッシュで挑戦を恐れない
  2. Execution:実行力があり結果を出せる
  3. Edge:信念を持ち、ぶれずに決断できる
  4. Energize:人を巻き込み鼓舞して目標達成へ導く

リーダーの人格を鍛える2つの方法

  1. 型を学ぶ
    成功したリーダーの暗黙知を模倣し、意思決定や振る舞いを身体で覚える。
  2. 形式知を吸収する
    MBAなどで心理学・組織行動学を学ぶ、コーチをつけるなどしてリーダーシップを言語化・体系化する。

この2つを組み合わせることで、リーダーとしての人格が磨かれる。

リーダーに必要な3つの要素

  • 理念・志
    自己肯定感、存在意義、守るべき対象、死生観など。
  • 仕事の能力(ハードスキル)
    論理的思考力、ビジネススキル、帝王学など。
  • ソフトスキル
    コミュニケーション力、共感力、周囲を動かす力、ストレス耐性など。

これらを30代〜40代前半までに確立できるかが、プロ経営者になれるかの分かれ道である。

20〜30代で取り組むべきこと

  • 陽の当たらない仕事を成長のチャンスと捉える
  • 3年以上、目の前の仕事に没頭する
  • 苦しい時こそ明るくふるまい職場を盛り上げる

また、留学やMBA取得、転職などを通じて成長の場を探すことも有効だ。ただし、転職は結果を出した上で新たな挑戦を求めるときに選ぶべきであり、目的を持たない転職は避けるべきである。

40代以降に必要な意識の転換

40歳を境に、リーダーには「自分のため」から「人のため」へと働く価値観の転換が求められる。
上位5%の人材は、知識・技術に加え、胆力や人間性の比重が増して円熟していく。45歳頃がそのピークだといわれる。

ただし、この時期には酒・金・名誉などの誘惑に陥りやすく、傲慢さを招くリスクがある。
己を律する「克己心」を持ち、部下への愛情や面倒見の良さを伸ばしていくことが、さらなる成長への鍵となる。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、現代日本企業が直面するリーダー育成の課題を鋭く分析し、グローバル競争下で求められる「プロ経営者」像を明快に提示している点だ。単なる成功者の自慢話ではなく、経営幹部のスカウト経験をもとに、上位5%のビジネスパーソンが備えるべき哲学や人間性、スキルを具体的に描き出している。特に「傍を楽にする」というリーダー像は、日本的な組織文化の中でも共感を呼びやすい。さらに、ASEANなど新興市場を修行の場として推奨する視点は実践的であり、海外派遣の重要性を説く箇所はグローバルリーダーを目指す読者にとって刺激的だ。

悪い点

一方で、本書には理想像を強調しすぎて現実感が薄れる部分もある。上位5%という表現は挑戦的で魅力的だが、具体的にどのような行動計画を立てればその水準に到達できるかは抽象的な記述にとどまっている。また、過去の「辺境」で鍛えられたリーダー像を称賛するあまり、現代の大企業が直面する構造的制約や制度疲労を十分に掘り下げていない印象がある。若手に転職や留学を推奨する姿勢も、個人の努力を過度に前提としており、組織側の変革が置き去りにされていると感じる読者もいるだろう。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「環境を選び、自らの成長機会を積極的に取りに行くべきだ」ということだ。ぬるま湯的な環境ではタフなリーダーは育たない。逆風の中で成果を出し続ける経験、泥臭い努力、そして自分の仕事を通じて他者を楽にする姿勢こそが、プロ経営者への道を切り開く。特に20代から30代前半は、キャリアの土台を作り、失敗を恐れずに挑戦する時期である。留学や転職は目的ではなく、自らをさらに伸ばすための手段であり、結果を出したうえで次の成長の場を選ぶことが重要だというメッセージは、若いビジネスパーソンにとって強い指針となる。

結論

本書は、日本企業のリーダー育成の停滞を痛烈に指摘しつつ、グローバル競争で生き残るための「プロ経営者」像を示した意欲的な一冊だ。理想論的な側面もあるが、読者の挑戦心を刺激し、キャリア戦略を再考させる力を持っている。特に、40歳前後で求められる自己変革や、名誉欲を抑え人を喜ばせるリーダーシップへの転換は、単なる成功マニュアルを超えた深い洞察といえるだろう。キャリアの節目に立つ人や、将来経営を担いたいと考える人にとって、読む価値の高い指南書である。