Uncategorized

「現場論 「非凡な現場」をつくる論理と実践」の要約と批評

著者:遠藤功
出版社:東洋経済新報社
出版日:2014年11月06日

日本企業における「現場」の存在意義

日本企業には「現場」と呼ばれる場所が存在する。そこには強みや弱み、日本人の特異性やユニークさが潜んでいる。

現場の役割とリスク

現場は「価値創造主体」「業務遂行主体」として戦略を実行する場である。ルーティン業務だけでなく異常対応も担うが、達成感に溺れると現状維持に陥るリスクがある。

人材育成の場としての現場

現場は「人材育成主体」でもある。同質的で閉鎖的な性質を持ち、連帯感が強みとなる一方、「現場モンロー主義」のリスクをはらむ。

現場マネジメントの難しさ

現場のマネジメントは戦略策定より難しく、同じ業界でも成果の差は「組織能力」、特に実行力に由来する。

戦略と現場の関係

戦略は現場で実行されてこそ意味を持ち、現場には未来の戦略の芽が潜んでいる。それを見極めることが戦略策定の正しい姿勢である。

現場力の3つのステージ

  1. 保つ能力(標準価値を安定的に生み出す)
  2. よりよくする能力(日々改善し、根本解決を目指す)
  3. 新しいものを生み出す能力(現場の声を活かし、創造性を高める)

知識創造スパイラルと現場力

非凡な現場では知恵や工夫が連続的に生まれ、「共同化→表出化→連結化→内面化」という知識創造スパイラルが存在する。

非凡な現場の事例:デンソー

デンソーは「1/N」をキーワードに改善と革新を実現。設備のコンパクト化や作業改善を積み重ね、生産性と柔軟性を高めた。

「1/N」を生んだ背景

「アイディア千本ノック」と「手づくり味見実験」を通じて、知識創造スパイラルが作用し、集合知として革新を実現した。

知識創造能力への転換

非凡な現場をつくるには、活動を「知識創造能力」へ転換する必要がある。その際に「戦略的必然性」と「信条的必然性」が重要となる。

非凡な現場の事例:ヤマト運輸

「サービスが先、利益は後」をモットーに現場へ権限を委譲。気づきを商品化し、戦略が現場で実践される体制を築いた。

改善活動を能力へと変える仕掛け

「ほどほど」で終わる現場と「とことん」を追求する現場の差は大きい。5Sの徹底や小さな改善の積み重ねが現場力の芽を育てる。

成功事例の点・面・立体化

小さな成功事例を「点」として積み上げ、組織全体で共有することで「面」や「立体」へと深化し、競争力となる。

ナレッジワーカー育成の重要性

現場力はマニュアルワーカーをナレッジワーカーに変えることで高まる。全員育成、コア人材育成、チームによる相互刺激、規律と自由の両立など8つの鍵がある。

ミドル層と経営者の役割

経営トップの号令だけではなく、中間管理職の支援が不可欠。海外展開では知識の集約と展開で世界的なナレッジワーカー育成が可能となる。

経営者と現場の関係性

現場は経営者の「映し鏡」である。経営者はビジョンを示し現場を鼓舞し、ボトムアップを促す強烈なリーダーシップを発揮する必要がある。

理と情の両立

現場は理屈だけでは動かない。経営者と現場が理を超えた「熱の固まり」になることで、真の競争力が生まれる。

批評

良い点

本書の大きな強みは、日本企業の競争力の源泉を「現場」に置き、その多面的な役割を丁寧に掘り下げている点にある。現場を「業務遂行主体」「価値創造主体」「人材育成主体」と位置付け、その複雑な機能がどのように組織能力につながるかを体系的に論じている点は説得力が高い。また、デンソーやヤマト運輸の具体的な事例を挙げ、現場の小さな改善が積み重なって大きな革新を生む過程を描いている点は、抽象論に陥らず実証性を持たせている。さらに「知識創造スパイラル」や「H型モデル」といった概念を導入し、現場力を能力構築のプロセスとして描いたことで、読者に理論と実践を橋渡しする視点を提供していることも評価できる。

悪い点

一方で、本書にはいくつかの限界も見受けられる。まず、取り上げられている事例が大企業に偏っており、中小企業やサービス業など他の産業領域に普遍化できるかはやや疑問が残る。また、現場の課題として「同質性」や「小宇宙化」の問題を指摘しているものの、それを克服するための多様性や外部連携の具体的な方策には十分に踏み込んでいない。さらに、現場主導の改善が経営戦略とどのように持続的に接続されるかについては、成功例が強調されすぎており、失敗や摩擦のリアリティがやや欠落している。理想像が先行することで、現場が実際に抱えるジレンマを過小評価している印象もある。

教訓

本書から得られる最も重要な教訓は、戦略は現場での実行を通じてのみ意味を持ち、現場力そのものが企業の競争力を規定するという点である。「保つ」「よりよくする」「新しいものを生み出す」という三段階の能力構築は、単なる効率化にとどまらず、改善を文化として定着させ、さらにはイノベーションの源泉とするプロセスを示している。また、現場の一人ひとりをナレッジワーカーに育てることが組織の持続的成長に不可欠であるというメッセージは、知識経済時代の企業経営に普遍的な示唆を与えている。経営者の強烈なリーダーシップと現場の自律的な工夫が交差する場にこそ、本物の競争優位が生まれるという点も示唆深い。

結論

総じて本書は、日本企業に根付く「現場文化」を単なる労務管理の次元ではなく、戦略的資産として捉え直す野心的な試みである。現場の持つ潜在力を引き出すには、経営層の理念と現場の小さな改善を結びつけ、知識創造を組織的に支える仕組みを構築することが不可欠である。本書が提示する「よりよくする能力」「新しいものを生み出す能力」の重要性は、企業規模や業種を超えて通用する普遍性を持つ。ただし、現場の閉鎖性や硬直性をどう打破するかという課題については、読者自身が現場に即した補完的な工夫を加える必要がある。理論と事例を織り交ぜつつ「現場力」を競争戦略の核心に据えた本書は、日本企業再生への指針となると同時に、現場で働く一人ひとりに思考のヒントを与える批評的価値を持っている。