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「アクション・バイアス 自分を変え、組織を動かすためになすべきこと」の要約と批評

著者:ハイケ・ブルック、スマントラ・ゴシャール、野田智義(訳)
出版社:東洋経済新報社
出版日:2015年03月12日

経営行動の4つのタイプ

経営者やマネジャーの行動は、「エネルギー」と「集中力」の組み合わせで次の4タイプに分類できる。

  • 先延ばしタイプ(低エネルギー × 低集中力)
  • 超然タイプ(低エネルギー × 高集中力)
  • 髪振り乱しタイプ(高エネルギー × 低集中力)
  • 目的意識タイプ(高エネルギー × 高集中力)

この中で最も多いのは、全体の約40%を占める「髪振り乱しタイプ」である。彼らは意欲的で善意もあるが、現代のスピーディーな企業文化の中で会議・メール・電話などのルーティン業務に追われ、本来の能力を発揮できずにいる。

アクティブ・ノンアクションとは何か

本書では、「あくせくしているが、結果として何もしない」状態を「アクティブ・ノンアクション」と呼ぶ。
これは忙しいにもかかわらず、目的を伴った意識的な行動ができていない状態を指す。

一方で「目的意識タイプ」は、行動によって物事を成し遂げようとする姿勢=アクション・バイアスを持ち、常にエネルギーと集中力を高く維持している。経営者・管理職においては、このアクション・バイアスをどう獲得するかが重要となる。

エネルギーと集中力の本質

エネルギーとは

エネルギーは、個人的なコミットメントと意味のある関与によって生まれる活力である。
外部からの圧力だけでなく、内面の素質や自発的な動機によって引き出される。行動には力の発揮が伴い、それが努力となって現れる。

集中力とは

集中力は、エネルギーを特定の結果に向ける力である。気を散らすものを排除し、困難や挫折に直面しても目的に向かってやり抜く自制心を含む。

この2つが組み合わさって初めて、思考・分析・計画に基づく「目的意識を伴う行動」が生まれる。

エネルギーを高める方法

  • やりがいを感じる目標を設定する
    自分が背伸びしつつも達成可能な、明確で具体的な目標を持つことが重要。
  • 感情をコントロールする
    スポーツや趣味でリフレッシュする、職場で不安を共有できる仲間を持つなど、定期的にポジティブなエネルギーを補充する。
  • マイナス思考を克服する環境を作る
    自分なりの「エネルギーの泉」を持つことで、エネルギー低下を防ぎ感情の安定を保てる。

集中力を維持する方法

  • 目標を鮮明にイメージする
    頭の中で目標を具体的に描くことで熱意と愛着が高まり、長期的なコミットメントが可能になる。
  • 行動モデルを準備する
    予期せぬ困難に備え、精神的な対応策をシミュレーションしておく。
  • 内省して自分の意図を確認する
    「それは本当に自分が望むものか」を自問し、意図に対する内面的な合意を築く。

モチベーションではなく「意志の力」

多くの経営トップはマネジャーを動かすにはモチベーションが重要と考えるが、創造性や独自性が求められる場面では別の力が必要だ。それが「意志の力」である。

意志の力があれば、やる気が出ないときや別の誘惑があるときでも、規律をもって行動し続けることができる。これは一時的なモチベーションではなく、深いコミットメントから生まれる持続的な力である。

意志の力を発揮する4つのステップ

  1. 意志を形成する
    熱中できる目標を見つけ、明確なイメージを描く。
  2. 無条件にコミットする(ルビコン川を渡る)
    目標に全エネルギーを注ぐと決意し、責任を引き受ける。
  3. 意図を守り抜く
    コミットを公言する、期限を設ける、集中を妨げる要因を排除するなど、環境を整える。
  4. 意図から解放される
    目標が達成されたか、または不要になったと判断したときに次の方向へ進む決断をする。

リーダーが果たすべき役割

リーダーの役割は「動機づけること」ではなく、人々が目的意識を持った行動をとれるよう支援することである。組織がマネジャーに意志の力を発揮させるには次の条件が必要だ。

  • 行動の自由を与える
  • 上司・同僚・メンターによるサポート体制を整える
  • 意志の力を称賛する企業文化を育む

経営トップが意識すべき6つの戦略

  1. マネジャーが意図をイメージできるよう支援する。
  2. リスクと利益を正しく理解させる。
  3. コミットメントを真剣に検討させる。
  4. 選択肢を与え、選択に責任が伴うことを伝える。
  5. 自己規制システムを導入し、プロジェクトを中止する権限を持たせる。
  6. 自由を与えつつ感情的に魅力的な困難な任務を課す。

長期的視点でのリーダーシップ

部下の意志の力を育てることは容易ではないが、短期的なモチベーション管理よりもリスクが少なく、長期的にははるかに有効なマネジメントである。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、経営者やマネジャーの行動パターンを「エネルギー」と「集中力」という2軸でシンプルかつ直感的に分類している点です。特に、日々多忙に追われながらも本質的な成果を出せない「髪振り乱しタイプ」を「アクティブ・ノンアクション」と名付け、その問題を鮮明に言語化したことは多くのビジネスパーソンに強い共感を呼びます。さらに、「目的意識タイプ」のマネジャーが持つ特性を分析する際、単なるモチベーション論ではなく「意志の力」に着目し、その形成過程を4段階(意志の形成・コミットメント・意図を守る・意図からの解放)として具体的に示しているのも実践的です。また、経営トップが部下の意志を育てるための6つの戦略や、自由度・サポート体制・企業文化といった組織的条件を提案している点も、個人だけでなく組織全体の変革を意識した包括的な視点として評価できます。

悪い点

一方で、理論の整理は明快なものの、実務への落とし込みが抽象的に留まっている箇所があります。たとえば「エネルギーを引き出す目標の見つけ方」や「意志の力を発動させる決定的な瞬間」の具体例が少なく、理論を現場に適用する際の道筋がやや曖昧です。また、経営トップのリーダーシップ条件や部下の自由度の重要性については説得力がありますが、現実の企業文化や組織構造が硬直的な場合にどう対処すべきかまでは踏み込んでいません。加えて、「意志の力」という概念は魅力的である反面、心理的・生理的な限界やバーンアウトのリスクには十分触れておらず、読者によっては「根性論」に近い印象を受けるかもしれません。特に、すでに疲弊しているマネジャーにとっては、エネルギーを高め、集中を維持するというアドバイスが過剰なプレッシャーに感じられる可能性があります。

教訓

本書から得られる最も大きな教訓は、「多忙=成果」ではないということです。日々の会議やメール、業務に追われるだけでは、エネルギーと集中が分散し、本質的な進歩が生まれません。むしろ、自分の意図を明確化し、主体的に「ルビコン川を渡る」決意を持つことが、長期的な成果と創造性を引き出す鍵となります。また、モチベーションは一時的な外的刺激に過ぎず、困難な状況を突破するためには、自己決定によって生まれる「意志の力」が不可欠であることを再認識させられます。さらに、組織におけるリーダーの役割は単に部下を動機づけることではなく、彼らが主体的にコミットし続けられる環境を整え、自由と責任のバランスを与えることにあるという点も重要です。これは管理職に限らず、プロジェクトを率いるすべてのリーダーに当てはまる普遍的な示唆でしょう。

結論

総じて本書は、現代のビジネス環境において疲弊しがちなマネジャーに「真の行動力とは何か」を問いかける優れた一冊です。理論の整理や行動タイプの分類は明快で、自己診断ツールとしても有効ですし、意志の力を鍛えるプロセスやリーダーが取るべき具体的なアプローチも、自己成長や組織マネジメントの実践的ヒントとなります。一方で、抽象的な概念が多いため、読者自身が自分の状況に照らし合わせて具体的な行動計画に落とし込む工夫が必要です。特に、疲弊した現場に即したサポート方法や、文化的に変化が難しい組織での突破口については補足が欲しかったところです。それでもなお、本書は「忙しいけれど成果が出ない」という停滞感を打破したいマネジャーにとって、自己変革と組織変革の両方を考えるきっかけを与える価値ある提言書といえるでしょう。