著者:石川明
出版社:ユーキャン
出版日:2015年07月24日
社内起業家が求められる時代
社内起業家は、世の中を大きく変える原動力となる存在です。企業では、マネジメント力だけでなく、創造・変革の力が求められるようになっています。新規事業開発(社内起業)は、こうした力を身につける絶好のチャンスといえるでしょう。
社内起業のメリットと課題
社内起業のメリット
社内起業には、独立起業にはない以下の強みがあります。
- 資金が得やすい:信用力の乏しい独立企業に比べ、社内で予算を獲得しやすい。
- 専門家の支援を受けられる:物流・経理・法務などのエキスパートが社内にいる。
- 会社の信用を活用できる:取引先がリスクを受け入れやすい。
社内起業の壁
一方で、次のような課題もあります。
- 既存事業との競合:差別化を意識するあまり、顧客ニーズから離れてしまうリスク。
- 意思決定の遅さ:大企業特有の階層構造が、スピードを妨げる。
- 保守的な風土:変化を嫌う文化や危機感の不足が壁になる。
トライ&エラーを素早く繰り返すためには、経営陣とのホットラインを設けるなど、スピード感を保つ体制づくりが重要です。
社内起業家に必要な5つの覚悟
- 失敗を恐れない覚悟
顧客ニーズを理解し、失敗を糧に素早く改善を重ねる。 - 主体的に先頭に立つ覚悟
反対意見を柔軟に取り入れつつ、決意を持って引っ張る。 - 戦略を形にする覚悟
完璧を求めすぎず、「まずはやってみる」精神で動く。 - 社内資源を自ら確保する覚悟
関係部署に協力を要請し、積極的に周囲を巻き込む。 - 社内に敵をつくる覚悟
全社視点・市場視点を持ち、反対者とも粘り強く交渉する。
これらの覚悟を持つことで、身分を保証されながら起業に挑戦できる機会を最大限に活かせます。
事業企画前にやるべき準備
経営者の意図を理解する
新規事業を指示した経営者の意図や制約条件を把握することが先決です。
「自由に検討せよ」と言われても、経営者が既に頭の中でイメージを持っていることがあります。ディスカッションを通じて、課題意識や将来の展望を掘り下げましょう。
自社の現状を把握する
- 財務諸表の経年変化を確認する。
- 関連部署へヒアリングを行い、売上や現状の「事実」を集める。
- 過去の新規事業案件から学ぶことで、成功の通し方を理解する。
ガイドラインを明確化する
業界・顧客・バリューチェーンなどのドメインを定義し、暗黙のルールを共有します。さらに、目標・期限・評価基準を整理することで、事業企画の軸を定めます。
既存事業からアイデアを広げる方法
新規事業の方向性が決まっていない場合は、既存事業を起点に考えるのがおすすめです。
「誰が・誰に・誰と」「何を」「どこで」「いつ」「どうやって」「いくらで」「なぜ」という5W2Hを使い、7つの軸のうち1つをずらしてみます。
例:リクルートは「情報誌」というモデルを、求人から住宅・旅行・結婚式場へと横展開しました。
アイデアの妥当性を確認する3つの視点
- 社会のトレンドに合っているか
短期的な流行ではなく、長期的な潮流を捉えられているか。 - 市場規模は十分か
潜在ユーザー数や市場ボリュームを意識する。 - 自社の強みを活かせるか
社内の経営資源やノウハウを活かせるかを分析する。
「不」を起点にした事業アイデアの発想法
著者は、事業を「不の解消」と定義します。
世の中の不平・不満・不便を解消することが、事業の本質です。
国語の時間:ユーザーの「不」を洗い出す
ユーザーや取引先、社内も含め、どんな「不」を抱えているかを徹底的に考える。
算数の時間:「不」の大きさを測る
「不」を抱える人の数・頻度・深刻さから、市場規模や売上の可能性を推定する。
理科の時間:「不」が生じる理由を探る
「なぜその不が存在するのか」を分析し、解決策の幅を広げる。
社会の時間:「不」が残っている背景を理解する
政治・経済・社会・技術(PEST分析)などの視点で、背景を深く掘り下げる。
ビジネスチャンスを見極める3つの視点
- 将来を見据えているか
環境変化や未来の潮流を想定しているか。 - 自社の文化や特性と合うか
社風・価値観に合致しないと障壁となる可能性がある。 - 担当者の情熱を込められるか
「この不を解消したい」という使命感が推進力になる。
社内承認を突破するための戦略
事業化の最大の関門は社内承認です。以下を意識しましょう。
- キーマンの後ろ盾をつくる:説得ではなく、相談ベースで関係を築く。
- 協力者を増やす:試作品・デモ・ユーザーの声など、実現可能性を示す。
- 孤軍奮闘しない:仲間を巻き込み、周囲を動かす力を持つ。
このように、社内起業には多くの挑戦がありますが、企業のリソースを活かしつつ新たな価値を生み出せる大きなチャンスでもあります。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、社内起業というテーマを単なる「新規事業開発のノウハウ集」ではなく、企業文化や組織構造を理解した上での実践的なガイドとして描いている点です。特に、資金・人材・信用といった社内起業特有のアドバンテージを具体例を交えて示し、独立起業との違いを明確にした点は説得力があります。また、「5つの覚悟」や「不の分析」など、抽象的な概念をわかりやすいフレームワークに落とし込んでいるのも秀逸です。国語・算数・理科・社会という学校教育を想起させる比喩は、複雑な市場分析やアイデア創出を親しみやすく伝える工夫として非常に効果的で、実務者の行動を具体的に後押しします。さらに、社内承認のプロセスやキーマンとの関係構築など、現場で直面しがちな課題をリアルに描いているため、理想論にとどまらない実践的な価値を提供していると言えるでしょう。
悪い点
一方で、本書は実務家向けに書かれているがゆえに、情報量の多さがかえって読者を圧倒する側面があります。特に、事前準備の章では財務諸表の分析や過去事例の調査、ドメイン定義の明文化など、多岐にわたるタスクが一気に提示されるため、初めて社内起業に挑む人にはハードルが高く感じられるかもしれません。また、「覚悟」を強調する語り口はモチベーションを喚起する一方で、組織文化や上層部の意向によっては個人の努力だけでは突破できない現実的な壁を軽視している印象も受けます。特に、大企業特有の政治的な意思決定の遅さや予算競合の根深さについては触れつつも、具体的な乗り越え方がやや精神論に寄っているのが惜しいところです。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、「社内起業は独立起業より安全な環境に見えて、実は社内特有の障壁を突破する戦略性と覚悟が不可欠である」ということです。資金や人材の面での優位性がある一方、既存事業とのカニバリゼーションや保守的な組織文化、意思決定の遅延など、社内だからこそ直面する壁があることを明確に認識する必要があります。また、著者が強調する「不の解消」という視点は、事業の本質を捉える上で普遍的なフレームです。ユーザーの不満や不便を体系的に洗い出し、その大きさや背景を論理的に測定するプロセスは、どの業界でも応用可能でしょう。さらに、経営者の意図や組織の戦略と自分の情熱を接続させることが、単なるアイデア発表を越えて社内承認を勝ち取るための鍵となるというメッセージは、挑戦者にとって大きな指針となります。
結論
総じて、本書は「社内起業」という一見安全でありながら実は険しい道のりを、現実的かつ体系的に解説した良書です。精神論に寄りすぎず、しかし実務的な手法だけでもなく、両者のバランスを取りつつ挑戦者を後押しする構成になっています。特に、起業の本質を「不の解消」と定義し、学校の科目を用いた分析法でアイデアを具体化する部分は独創的かつ実践的で、読後には自社の強みを生かした新規事業の可能性を再発見したくなるでしょう。ただし、すべての読者にとって実行のハードルが低いわけではなく、組織の政治やリスク許容度といった現実に合わせて慎重な戦略を立てる必要があります。それでも、本書は「社内で変革を起こしたい」と願う人に勇気と道筋を与えてくれる貴重な指南書です。