著者:マリア・ジュディース、クリストファー・アイアランド、坂東智子(訳)
出版社:ビー・エヌ・エヌ新社
出版日:2014年09月22日
変化する時代に必要な新しいリーダー像
かつてのCEOは社員や資金、ブランドを統合して利益を生み出す存在だったが、現代の混沌とした環境ではその手法は通用しなくなっている。これからのリーダーには「デザインの力」が求められる。
DEO(デザイン・エグゼクティブ・オフィサー)とは
デザインを通じて「集団的な変化」を起こすリーダーを、本書ではDEOと呼ぶ。CEOと共通点もあるが、DEOはより柔軟で変革的な特徴を持つ。
DEOの特徴と資質
DEOは変化を恐れず推進し、明確なビジョンを掲げて軌道修正を繰り返す。さらに、直感力や社会的知性に優れ、即実行する「GSD」の精神を持つ。
変化を推進する姿勢
変化は避けるものではなく、ビジョン達成のための自然なプロセスと捉える。DEOは状況に応じて進路を柔軟に調整する。
リスクを活かす考え方
リスクを恐れるのではなく、コントロール可能な実験として受け入れる。リスクのサイズ調整や共有を通じて、挑戦を前向きに捉える。
システム思考の実践
単純な因果関係で考えず、全体のつながりを理解する。意思決定において副作用や長期的影響を考慮する力を持つ。
直観力と分析力の両立
鋭い直感に基づいた判断と、論理的な分析を組み合わせる。どちらか一方に偏らず、バランスをとることを重視する。
社会的知性とネットワーク形成
人との交流を通じて新しいアイデアや強みを得る。自然なネットワークづくりに長け、協働を活かす。
GSD(さっさとやる)の精神
現場に関与し、迅速に行動することでアイデアを実現する。社員を巻き込みながら、スピード感を持って仕事を進める。
コラボレーションとアジャイル的手法
多様性のあるチームをつくり、役割を明確化する。アジャイル開発のように短い改善サイクルを回し、協働意識を高める。
管理ではなくメンタリング
社員を管理するのではなく、成長を支援する。マインドセットを変え、メンタリングを通じて生産性や定着率を高める。
問題解決へのアプローチ
問題をチャンスと捉え、構図を理解することから始める。多様な答えを探る「分散的思考」によって創造性を発揮する。
失敗を受け入れ、学びに変える
失敗を恐れず、むしろ公認する。早く、思い切り、次につながる失敗をすることで成功の確率を高める。
行動のための指針
前向きな情熱を持ち、遊び心を大切にすることが、DEOの実践を支える行動指針となる。
批評
良い点
本書の最も優れた点は、従来型のCEO像に代わる新しいリーダー像「DEO」を提示し、現代的なビジネス環境に即したリーダーシップ論を体系的に描き出していることだろう。とくに「変化を恐れず推進する姿勢」「リスクを実験として捉える柔軟さ」「システム思考による複眼的な視野」「直観と論理を両立させる意思決定」など、デザイン思考を基盤にした特徴の数々は、現代の不確実性の高い環境に対処する上で説得力を持っている。また、単なる理論に留まらず、チームワークを促す実践的な方法や、社員を「管理する」のではなく「メンタリングする」という具体的なアプローチまで示されており、読者が自らの組織に応用しやすい点も魅力的である。
悪い点
一方で、本書にはいくつかの課題もある。第一に、DEOの特質を称賛するあまり、現実のビジネスにおける制約や限界への言及が薄い印象を受ける。リスクを「実験」と呼び変えることで心理的障壁を下げる手法は興味深いが、実際の大企業や規制産業においては「小さな失敗」さえ致命的な結果を招く場合もある。そうした状況への補足や条件づけが欠けているのは弱点だろう。さらに、DEO像が理想化されすぎており、現実的にすべてのリーダーがこの資質を備えることは難しい。そのため、読者によっては「絵空事」に映る危険性もある。また、事例紹介において一部の比喩や例が過度に単純化されており、かえって説得力を損なっている部分も見受けられる。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、リーダーシップは固定的なものではなく、時代の要請に応じて進化するべきだという点にある。変化を脅威ではなく機会と捉える姿勢、そして多様性と共同作業を推進する文化は、現代社会の複雑な問題に挑むための必須条件である。また、失敗を忌避するのではなく「次に繋がる資産」と見なす視点は、個人や組織の持続的な成長に直結する重要な発想だ。加えて、社員を「管理対象」ではなく「成長の伴走者」として扱うメンタリング的アプローチは、組織に長期的な活力を与えるものであり、現場の実務家にとっても即座に応用できる実践的な知恵となる。
結論
総じて、本書は「CEOからDEOへ」というパラダイムシフトを提示し、リーダーシップの未来像を大胆に描いた意欲的な一冊である。理想化の色合いが強く、実務への落とし込みにはさらなる工夫や補足が必要だが、その核心にあるメッセージは力強い。すなわち、変化と不確実性を前提とした時代においては、リーダーは「秩序を維持する支配者」ではなく「変化をデザインする触媒」でなければならないということだ。この視点は、経営者や管理職に限らず、あらゆる立場のビジネスパーソンにとって示唆的である。批判的に読んだとしても、自己のリーダーシップを問い直す契機となる点で、本書は十分に価値を持つといえる。