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「使える経営学」の要約と批評

著者:杉野幹人
出版社:東洋経済新報社
出版日:2014年11月06日

MBAの市場価値と実務家からの批判

MBA修了者の平均年収からも、市場で高く評価されていることは明らかである。しかし一方で、「経営学は役に立たない」と批判する実務家も多い。その背景には、実務の現場で育まれた経験則=経営持論が、即効性のある解決策として優位に立っていることがある。

経営学の特徴と限界

経営学は「モデル構築 → モデル確認 → モデル細分化」のプロセスを経て一般化を目指す。しかし、抽象的で事例に直ちに当てはまらないため、「役に立たない」と見なされやすい。

経営持論の強みと弱点

経営持論は特殊な環境や資源を前提とし、その局面では強力な解決策となる。しかし新規事業など新しい局面では、従来の持論に固執することで誤った解決策を導く危険がある。

新しい局面で役立つ経営学

経営学は論理を細分化し、他の論理と組み合わせて柔軟な仮説を立てられるため、新しい局面で有効である。特に「アンラーニング(学びほぐし)」を促す点が最大の強みである。

アンラーニングの4つの型

経営学を実務で活かすには、アンラーニングの型に対応させて論理を整理するのが有効である。その型は以下の4つである。

  • 役割
  • 選択肢
  • 条件
  • 関係性

役割のアンラーニング

特定の目的に固執せず、手段が果たす役割に目を向けることが重要。

  • 例:研究開発は新技術創出だけでなく「吸収能力の向上」にも寄与する。
  • ダイバーシティや破壊的イノベーションも、プラスとマイナス両方の役割を理解する必要がある。

選択肢のアンラーニング

目的を達成するための手段を一つに限定せず、代替案を検討する。

  • 例:ベストプラクティスの共有が難しい場合、「粘着する知識」という視点が新しい手を示す。
  • ユーザーイノベーションのように、社員以外が企画力を発揮する可能性を取り入れることも有効。

条件のアンラーニング

成果を出す条件を一つに絞らず、他の条件を見落とさない。

  • 例:社内エリートに頼るだけではなく、「外部とのネットワークを持つ人物」がアイディア出しに有効である。

関係性のアンラーニング

因果関係と疑似相関を区別することで、誤った意思決定を防ぐ。

  • 例:多角化が業績を悪化させるというのは疑似相関であり、必ずしも正しくない。
  • ロイヤリティプログラムも「顧客を囲い込む効果」ではなく「元々の優良顧客が参加しているだけ」という結果がある。

批評

良い点

本書の最大の強みは、経営学と経営持論という二つのアプローチを対比させ、それぞれの有効性と限界を具体的に示している点にある。経営学が抽象的な理論でありながら、新しい局面において柔軟な問題解決の道具となることを説き、さらに「アンラーニング」という概念を導入することで、実務家が過去の成功体験に縛られず、新たな選択肢を模索できることを強調している。吸収能力やユーザーイノベーションなどの学術的な研究を豊富に紹介し、理論が現場にどのように応用可能かを示す実例が多いのも好印象である。また「役割」「選択肢」「条件」「関係性」という4つのアンラーニングの型を体系化した点は、実務家にとって実践的な指針となり得る。

悪い点

一方で、本書の難点は情報量の多さと専門用語の多用にある。経営学の理論を細かく紹介しているが、それぞれの説明が丁寧であるがゆえに、読者が全体像を見失いやすい。特に経営持論との比較においては、やや理論優位の結論に寄りすぎており、現場感覚の持論が持つ実効性を十分に評価できていない印象も残る。また、具体例として挙げられる企業事例も、研究や調査の枠組みに依拠しているため、読者が自社に即座に応用できるかどうかは不透明である。つまり、理論と実務の橋渡しを強調しながらも、その距離を完全に埋めきれていない部分が弱点といえる。

教訓

本書から得られる教訓は、経営において「固定観念からの解放」がいかに重要であるかという点である。過去の成功体験に基づく経営持論は短期的には有効であっても、新しい状況においてはむしろ足かせとなることがある。だからこそ、経営学が提供する多様な論理を「仮説」として持ち、常にアンラーニングを通じて思考を柔軟に保つ必要があるのだ。さらに、研究や理論が示す「副次的効果」や「見落とされがちな条件」に目を向ける姿勢は、現代の不確実性の高い経営環境でこそ求められる。つまり、学びとは単なる知識の積み上げではなく、時に過去を相対化することで、新しい視座を得る行為である。

結論

総じて本書は、経営学の価値を再評価しつつ、それを実務にどう活かすかを考えるための重要な問題提起を行っている。理論は現場に即効性をもたらすものではないが、持論の硬直性を打破し、新しい局面での問題解決に資する仮説生成の力を養う。これは、単なるMBA取得者に向けた自己肯定の書ではなく、実務家にも「理論を使いこなす力」を促す挑戦状といえる。ただし、そのためには読者自身が本書の知識を抽象論として受け止めるだけでなく、自社や自身の経験に重ね合わせて「実践知」へと転換させる努力が不可欠である。本書はその契機を与える一冊として、高い評価に値する。