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「ファシリテーションの教科書 組織を活性化させるコミュニケーションとリーダーシップ」の要約と批評

著者:グロービ、吉田素文
出版社:東洋経済新報社
出版日:2014年10月31日

ファシリテーターが直面する2つの壁

多くのファシリテーターは、2つの壁に直面する。1つは新しい課題や馴染みの薄いメンバーとの議論でリードできない壁。もう1つは自分の意見を押しつけてしまう壁である。これを乗り越えるには「仕込み」と「さばき」が必要になる。

「仕込み」と「さばき」が必要な理由

議論の場では同時に多くの情報を処理する必要があり、人の思考能力には限界がある。だからこそ、事前準備による「仕込み」と、議論中の適切な対応である「さばき」が不可欠となる。

議論の目的と合意形成の意味

ビジネスにおける議論の最終目的は「行動を決定すること」。議論は「決定内容の合理性」と「メンバーの納得性」を高めるために行われる。そのためファシリテーターは仕込みとして3つの行動を取らなければならない。

① 議論の出発点と到達点を明確にする

出発点が無理すぎると参加者の理解や納得を得られず、到達点が不明確だと議論が迷走する。合意形成の4つのステップを意識しながら「参加者と自分がどうなっていればよいか」を常に確認する。

② 参加者の状況を把握する

参加者を理解することが議論成功の鍵となる。「認識レベル」「意見・態度」「思考・行動の特徴」を把握し、価値判断の背景を理解することで合意形成が進む。さらにキーパーソンを見極め、信頼関係を築くことも重要。

③ 議論すべき論点を洗い出し、絞り、深める

論点とは「問い」である。ファシリテーターは論点を広げ(洗い出し)、絞り込み(重みづけ)、必要に応じて深める役割を担う。そのために「論点の地図」を用意し、意見を整理・位置づける力が求められる。

「さばき」による議論の活性化

議論を活性化するには、俯瞰的に見守りながら必要な介入を行う「さばき」が必要である。ファシリテーターは演出家やディレクターのように場を整え、参加者の意見を引き出す役割を担う。

① 参加者の発言を引き出す

発言しやすい環境をつくり、切り口や仮定を提示して意見を促す。何よりもファシリテーターが「心から聴きたい」という姿勢を示すことが大切。

② 発言を理解し、共有する

発言を正しく理解し、参加者全員と共有することが信頼を得る鍵。「論理の三角形」を意識し、欠落部分を補いながら理解を深める。

③ 議論を方向づける

今ここで議論すべき論点かを判断し、必要に応じて修正や促進を行う。方向づけには「広げる・深める・止める・まとめる」があり、特に議論を止める際には丁寧な問いかけで納得性を高める。

④ 議論を結論づける

「仕込み」で設定した到達点と現状を比較し、結論を確認する。行動計画に落とし込むことが不可欠である。結論が出ない場合は合意点と課題を明確にし、次回の議論に活かす。

批評

良い点

本書の最大の強みは、「仕込み」と「さばき」という二分法によって、ファシリテーションの実践的な難所を明快に整理している点である。議論を成立させるための準備段階と実践段階を峻別することで、ファシリテーターが直面する混乱や負担の正体を可視化しているのは非常に有益だ。特に、議論の「出発点」と「到達点」を設計する重要性を強調し、さらに合意形成を四段階に分解して提示している点は、現場で即応可能なフレームワークとして価値が高い。また、参加者の「認識レベル」や「態度」、さらには「思考・行動の特徴」にまで目を配ることを促し、単なる進行役にとどまらない“関係構築者”としての役割を明らかにしている。論点設計の手法においても、フレームワーク活用や重みづけ、深掘りの順序を示すことで、曖昧になりがちな議論の骨格に秩序を与えている点は評価できる。

悪い点

一方で本書には、いくつかの弱点も見受けられる。まず、「仕込み」と「さばき」の重要性を強調するあまり、ファシリテーターの力量や努力に過度の依存を前提としている印象がある。例えば、参加者の認識レベルや態度を把握することは確かに望ましいが、実際のビジネス現場では情報の非対称性や時間的制約が大きく、理想的な準備が常に可能とは限らない。その現実的制約にどう対応するかについては踏み込みが浅い。また、「議論を止める」「方向づける」などの技術が紹介されているが、ファシリテーターが強引に介入することによって参加者の主体性を削ぐリスクや、文化的背景による発言習慣の違いといった要素は十分に扱われていない。さらに、各論点に具体的な事例や失敗のケーススタディが乏しく、読者が自らの現場に適用する際に想像力を補う必要がある点は惜しい。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、議論とは偶然に生まれるものではなく、綿密な設計と状況対応によって初めて成果に結びつく「知的プロセス」だという認識である。議論を成功に導くためには、①議論の目的とゴールを常に可視化すること、②参加者の認識の差を埋める努力を怠らないこと、③論点を適切に広げ、絞り、深める知的筋力を持つこと、の三点が必須である。また、「さばき」においては、発言を心から聴こうとする姿勢や、問いかけを通じた納得感の醸成が鍵になる。つまり、ファシリテーターとは単なる進行者ではなく、議論の地図を描き、同時にその道中を案内する“ガイド”であるべきだということを、本書は強く教えている。

結論

総じて本書は、ファシリテーションを単なる「会議運営の技術」から、組織の意思決定を合理化し、参加者の納得を引き出す「知的リーダーシップ」へと昇華させる視点を提供している。その一方で、現場における制約や多様な参加者の背景をどう取り込むかといった課題には不十分さが残る。しかし、それを差し引いても、「仕込み」と「さばき」という二軸は議論を設計・運営する上で強力な指針となる。読者は本書を通じて、議論が単なる発言の積み重ねではなく、合意形成と行動決定を導くための設計されたプロセスであることを学ぶだろう。そしてその学びは、会議の質を高めるだけでなく、組織文化そのものを成熟させる可能性を秘めている。