著者:山田順
出版社:文藝春秋
出版日:2013年12月20日
アジア各国への「人材フライト」の現状
本書では、著者が取材したアジア各国に渡った人々の事例が紹介されている。ミャンマーで起業した人、マレーシアで不動産投資をする人、アジアの大学に留学する若者たち、シンガポールに移住する富裕層。彼らはなぜ日本を離れたのか。本書前半では、その現状に迫っている。
ミャンマーで起業した土屋昭義氏の挑戦
最初に紹介されるのは、いち早くミャンマーに渡った土屋昭義氏(63歳)。「日本で事業しても成長はない」と考え、ミャンマーで不動産会社や語学学校を立ち上げた。2011年以降の開放政策で世界中の企業や投資家が流入する中、土屋氏はその波を掴んだ。
凡人のためのグローバル戦略
土屋氏は息子たちを「日本では勝負できないが、アジアなら可能」と送り出した。著者は敬意を込めてその一家を「アジア馬鹿一家」と呼んでいる。凡人でもアジアなら挑戦の場があるという信念が背景にある。
マレーシア不動産投資の魅力
マレーシア・ジョホールバルの不動産市場は活況を呈し、日本人にも人気が高い。購入手続きが容易で、富裕層だけでなく中間層やサラリーマン投資家も参入している。税制面の優遇やビザ取得の容易さも魅力となり、移住目的の購入も増えている。
若者の「内向き」と「外向き」の二極化
日本の若者は「地元志向」の内向き層と、海外に飛び出す外向き層に分かれている。総務省統計によれば、20~39歳の出国者が入国者を上回る傾向が続いており、留学先も従来のアメリカから新興アジアへとシフトしている。
アジアの大学に留学する若者たち
タイのチュラロンコン大学など、アジアの大学はランキングでも日本の有名大学に匹敵。実際にアジアへ留学する日本人学生が増えており、新たなトレンドになりつつある。
アベノミクスと日本経済の錯覚
著者は「円安・株高で景気回復」という論調に疑問を呈し、日本は輸出依存度が低いと指摘する。日本経済はもはや「貿易立国」ではなく、輸出振興では全体の成長を支えられない。
「投資立国」としての日本
2013年の貿易収支は赤字だったが、海外投資による所得収支は大幅に黒字。現在の日本は、貿易ではなく投資収益で成り立つ「投資立国」と言える。
給与下落とグローバル化
アベノミクスは「インフレで給与も上がる」とするが、著者は賃金の下落要因をグローバル化による「賃金フラット化」に求めている。優秀な若者や企業が海外に出るのは自然な流れだと述べる。
人口減少と日本の行く末
日本は人口減少期に突入し、特に若年層の海外流出が進んでいる。出生率向上も移民受け入れも難しい中、このままでは国力の衰退を受け入れるしかないとされる。
「脱ニッポン」と富の還流
しかし、発想を変えれば衰退を避ける道はある。富裕層や若者が海外で稼ぎ、その富を日本に還流させる仕組みをつくることで、国を維持できると著者は提案している。
著者による4つの政策提言
最後に、著者は次の4つの政策を提言している。
- 増税よりも減税(法人税、所得税、相続税など)
- アメリカ型の「本国投資法」をつくり、海外配当を日本に還流させる
- 企業の海外進出を積極的に支援する
- 国内金融を開放し、金融ガラパゴスをやめる
批評
良い点
本書の最大の強みは、具体的な事例を豊富に盛り込んで「人材フライト」という現象を多角的に描き出している点にある。ミャンマーで起業した土屋氏の言葉や、マレーシア不動産への投資事情、さらにはアジアの大学に進学する若者たちのエピソードは、単なる統計や評論を超えて生き生きとした現実を映し出す。特に「凡人による凡人のためのグローバル戦略」という土屋氏のユニークな発想は、読者に強い印象を与えるだろう。さらに、アジア諸国の具体的な制度や経済状況の紹介も詳細で、日本人がなぜ海外へと流出していくのかを説得力を持って示している。
悪い点
一方で本書には限界も見える。例えば、事例は豊富であるものの、それらが断片的に並べられている印象があり、体系的な分析に欠ける部分がある。また、著者がアベノミクスを「錯覚」と一刀両断する姿勢は刺激的ではあるが、根拠の提示がやや薄く、読者によっては極論に感じられるだろう。さらに「人材フライト」を肯定的に描くあまり、日本国内に残る人々の視点や課題についての言及が不足している。結果として、海外志向の人材が主役で、内向きな若者たちがなぜそうならざるを得ないのかという背景には踏み込めていない。
教訓
本書から得られる重要な教訓は、日本の未来を「国内に閉じた成長」だけで捉えるのはもはや限界であるということだ。人口減少や賃金停滞といった現実を前に、海外に活路を見出す姿勢はむしろ自然な選択肢であり、それを阻むことはできない。著者が指摘するように「投資立国」としての発想転換を受け入れれば、日本は新しい生き残りの道を見出せるかもしれない。また、「凡人でも海外なら勝負できる」という考え方は、日本社会における競争の硬直性を逆照射しており、教育や雇用制度の改革の必要性を示唆している。
結論
総じて本書は、日本人の海外進出を単なる“流出”ではなく、むしろ国を支える新しい基盤としてとらえ直す挑発的な提言である。読者は賛否を超えて、従来の常識を揺さぶられるだろう。確かに、論理の粗さや国内課題への目配り不足といった弱点はあるが、現状への危機感と発想転換の必要性を鮮烈に訴える点で意義深い。人材フライトを悲観的に語るのではなく、それをどう日本に還流させるかを考えるべきだという著者のメッセージは、人口減少社会において無視できない視座である。本書は、日本人が今後どう生きるべきかを考えるうえで一読の価値を持つ挑戦的な書である。