Uncategorized

「テクノロジーが雇用の75%を奪う」の要約と批評

著者:マーティン・フォード、秋山勝(訳)
出版社:朝日新聞出版
出版日:2015年02月28日

主流派経済学の考え方と著者の仮説

経済学の主流派は、テクノロジーの進歩により一時的に失業が生じても、新しい雇用が創出され、人々が豊かになれると考える。しかし著者は、近い将来、平均的な人間が担う仕事の大半を機械が行い、多くの人が新しい仕事を得られなくなると仮定している。

機械化が市場経済にもたらす影響

機械化が進むと消費市場の基盤が崩壊する。所得を失った人々は消費できず、需要が減少し、企業も雇用を調整せざるを得なくなる。こうして市場は下方スパイラルに陥り、自由市場経済の基盤そのものが脅かされる。

ムーアの法則と光と影

コンピューター性能は約2年ごとに倍増する。この発展は科学や医学を前進させる一方、複雑な金融商品を可能にし、金融危機を招く要因ともなった。

人間能力の限界と機械の進化

人間の能力向上には限界があり、やがて機械に追い越されるのは避けられない。

オートメーションとオフショアリング

技術革新は業務の海外移転を可能にし、さらに自動化によって委託先労働者も職を失う。新しい仕事は生まれても短命で規模が小さく、既存の大量雇用を補えない。

知識労働も機械化の対象

低賃金労働だけでなく、放射線科医や弁護士のような知識労働も自動化の波にさらされている。AIの発展により、知識労働者も大量に職を失う可能性がある。

教育と雇用の未来

高額な教育費に見合う成果が得にくくなり、大学進学率の低下や若者の希望喪失につながる恐れがある。

ラッダイトの誤謬とその限界

従来は「機械化が進んでも雇用は失われない」とされてきたが、現実には需要不足が深刻化し、もはや誤謬と片付けられない状況にある。

解決策としての新しい税制度

著者は「粗利税」の導入や、法人税控除への累進スケジュールを提案する。これによりオートメーション化の影響を公平に分担し、税収の安定化を図る。

失業率75%の未来と税制改革

機械化による大規模失業が現実化した場合でも、自由市場経済を維持するには、税制を通じて所得を再分配し、消費者の購買力を確保する必要がある。

所得配分の新しい指針

教育水準、社会活動、環境問題への取り組みなどを評価軸とした「不公平ではなく不平等な所得」の仕組みが提案されている。

新経済モデルとジョブ・シェアリング

フルタイムをパートタイムに転換し、より多くの人に仕事を分配するジョブ・シェアリングや、雇用と社会保障の切り離しが、新しい経済モデルへの移行を支える解決策となる。

批評

良い点

本書の最大の強みは、テクノロジーの進歩がもたらす雇用喪失の問題を、単なる悲観論にとどめず、経済システム全体の視点から構造的に描き出している点にある。特に「消費者の減少が市場を縮小させる」という論理は、雇用の減少が単なる労働問題にとどまらず、資本主義そのものの持続性に関わるという深刻な問題提起であり、説得力を持つ。また、放射線科医や弁護士といった高度な知識労働までもが自動化のリスクに晒される事例を挙げたことで、従来の「低賃金労働が最も危うい」という常識を覆し、読者に強いインパクトを与える。加えて、粗利税や累進的控除など、経済システムの再設計に向けた具体的な政策提言を行っている点も評価でき、単なる警鐘に終わらない建設的な視座を提供している。

悪い点

一方で、本書にはいくつかの限界も見受けられる。まず、機械化によって生まれる新しい職業が「短命で規模が小さい」と断じる一方で、その変化の速度や産業全体のダイナミクスを十分に検証しているとは言い難い。歴史的に見れば、産業革命や情報革命の過程で新たな産業と職業が登場し、それが社会を変革してきた事実があるが、本書はそのポジティブな側面をやや軽視している印象がある。また、粗利税導入などの政策提言は理論的には筋が通っているものの、実際に国際競争や資本移動が激しい現代経済でどこまで実現可能かという点についての検討は不足している。結果として、問題提起は鮮烈であるが、解決策は理想論に留まる危険性がある。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「テクノロジーの進歩は不可避であり、その影響を否定するのではなく、社会制度や経済システムを再構築することで適応すべきである」という点である。著者は、教育水準や職業の高度さと自動化リスクの間に必ずしも相関がないことを明らかにし、「誰もが被害者になりうる」という現実を突きつける。したがって、個人レベルの努力やスキルアップのみでは限界があることを示し、社会全体でリスクを分担し合う制度的枠組みの必要性を強調している。さらに、ジョブシェアリングやセーフティーネットの拡充といった方策は、単なる経済対策にとどまらず、人間の尊厳や希望を守るための社会的選択であることを教えている。

結論

総じて本書は、自由市場経済の根幹を揺るがすテクノロジーの進化に対して、危機感と同時に新たな経済モデルの構想を提示する野心的な試みである。読者に「ラッダイトの誤謬」を再考させ、経済学の主流派が前提としてきた「新しい雇用の無限創出」という楽観論に疑問を投げかける点は非常に意義深い。ただし、現実的な政策実行の難しさを考慮すれば、提案が直ちに万能の処方箋となるわけではない。それでもなお、本書が描き出す未来像は、現代社会が直面する課題の核心を突いており、我々が「テクノロジーを止めるのではなく、社会の枠組みを変える」という覚悟を持つきっかけを与えてくれる。批評的に読めば読むほど、その射程の広さと挑戦的な姿勢が光る一冊である。