著者:塚田周平、川名祥史、丸幸弘
出版社:リバネス出版
出版日:2010年07月27日
農業の進化と植物工場の登場
農業は常に改良を重ねてきた。1940〜1960年代の「緑の革命」により技術は大きく進歩し、ビニールハウスなど新技術も登場。そして現在、農地や担い手の減少を背景に、安定性や安全性の面から「植物工場」が次世代農業として注目されている。
植物が育つ条件と植物工場の役割
植物が成長するためには光合成だけでなく、根からの酸素や無機イオンの吸収が必要。植物工場はこうした条件を理解し、最適環境で野菜を育てる仕組みを持つ。
水耕栽培とそのメリット・デメリット
植物工場に欠かせないのが水耕栽培。代表的な方法にはNFT、DFT、ロックウール培地がある。環境を完全にコントロールできるため、生産性向上や農薬削減が可能。一方で、栽培できる植物の種類が限られるという課題もある。
植物工場の2つのタイプ
植物工場は「完全人工光型」と「太陽光利用型」に大別される。前者は都市部での大量生産が可能で均一な品質を確保できる。後者は温室型で多様な植物栽培に適するが、土地や農薬が必要となる。
栽培工程と技術の進化
植物工場では播種・育苗・本栽培の3工程に分けて効率的に栽培できる。技術進化により光源装置や空調システム、自動制御などが導入され、研究は国の支援も受け再び活性化している。
世界と日本における植物工場の歴史
世界初の植物工場は1950年代のデンマーク。その後オランダで大きく発展し、日本では1980年代から三度のブームを経て普及。現在は約50か所の工場があり、多様な業種が参入している。
ビジネスモデルとコストの課題
植物工場ビジネスは「システム開発・構築」と「生産・販売」に分かれる。補助金で一時的に盛り上がったが、コスト削減や付加価値の創出が今後の成否を左右する。
メリットと課題
メリットは安定した国産野菜の供給や企業の参入機会。一方、課題はコスト削減、品目の拡大、人材育成、販売先確保、制度整備など多岐にわたる。
企業の挑戦と新しい価値の創出
リバネスは「店産店消」や地域活性化を推進し、日本ディスプレイセンターは什器の軽量化に挑戦。ベニックスは低コストのクリーンルーム開発を進めている。各社の技術とコラボレーションにより、植物工場は新たな価値を生み出していく。
批評
良い点
本書の最大の魅力は、農業の歴史から最新技術までを一貫して俯瞰し、植物工場という新たな農業の可能性を多角的に描いている点である。緑の革命から始まり、温室栽培や水耕栽培といった技術革新を経て、完全人工光型や太陽光利用型といった現代的な植物工場の発展に至る流れは、農業と人間の関わりを壮大なスケールで理解させてくれる。さらに、技術論にとどまらず、制度設計や消費者意識の問題までを包括的に論じている点は、農業を単なる生産活動ではなく、社会全体と結びついた営みとして位置づける優れた試みだといえる。
悪い点
一方で、本書はやや技術偏重の傾向が強く、読者が抱くであろう「農業の文化的側面」や「食の楽しみ」といった人間生活に密着した観点が不足している印象を与える。また、植物工場のビジネス的課題としてコスト削減や採算性を挙げてはいるものの、その克服の道筋は抽象的で、現実的な解決策の提示に欠ける。さらに、植物工場に関心を持つ一般読者にとっては、NFTやDFTなど専門用語の解説が十分でない部分もあり、やや専門家向けに傾きすぎている点は惜しまれる。
教訓
本書から得られる重要な教訓は、農業が単なる「生産」ではなく「技術・経済・社会・文化」が複雑に絡み合う総合的な営みであるということである。植物工場の導入によって安定的で安心安全な野菜を供給できる一方、それを社会に根付かせるためにはコスト削減や制度整備のみならず、消費者の理解と共感を得ることが不可欠だという点は普遍的な示唆を与えている。つまり、未来の農業を形づくるのは技術だけではなく、人々のライフスタイルや価値観との調和であるという教えが浮かび上がる。
結論
総じて本書は、植物工場を切り口に次世代農業の可能性と課題を描き出した労作である。技術革新の系譜を丹念に追い、現場で奮闘する企業や研究者の声を紹介することで、読者に「農業の未来」を具体的にイメージさせる力を持っている。ただし、理想像を提示する一方で、経済的・文化的側面における課題解決への具体的な展望が弱い点は今後の議論に委ねられる部分だろう。とはいえ、農業を食料生産の枠にとどめず、都市や生活、文化と結びつけた「グリーンライフスタイル」という視座を提示した点で、本書は未来の農業を考えるうえで不可欠な一冊である。