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「美貌格差 生まれつき不平等の経済学」の要約と批評

著者:ダニエル・S・ハマーメッシュ、望月衛(訳)
出版社:東洋経済新報社
出版日:2015年03月12日

経済学と美貌の希少性

経済学は、希少性がもたらすインセンティブを研究する学問である。本書では「美貌」という希少性に注目し、それが労働市場やモノの市場に与える影響を探っていく。

美しさの定義と人々の認識

まず、人の美しさを決定する要素や、その評価がどの程度一致しているのかを考える必要がある。本書では顔に焦点を当て、美しさの基準が時代や社会で変わりながらも、同じ時点の同じ社会では一定の共通認識があることを示している。

美しさの評価はどの程度一致するのか

カナダで行われた調査では、同じ人物を数年ごとに別の評価者が5段階で評価した結果、男女とも54%がまったく同じ評価を受け、1点以上の差が出たのは男性3%・女性2%のみだった。つまり、美しさの評価はおおむね一致している。

女性は美しさに極端な評価を受けやすい

同様の調査によると、女性は男性よりも「非常に美しい」「非常に醜い」といった極端な評価を受けやすいことが分かった。

美容投資の効果は限定的

女性は美容に多く投資するが、上海の調査によると、美容に全くお金をかけない女性が平均的な支出をするようになっても、容姿評価は3.31から3.36にわずかに上がるだけだった。美容への投資は効果が逓減し、もって生まれた容姿の影響が大きい。

美しさが収入に与える影響

全国データを分析した結果、美しい人は収入にプレミアムがつき、醜い人はペナルティを受ける傾向がある。

  • 男性:見た目が並より良いと+4%、悪いと-13%
  • 女性:見た目が並より良いと+8%、悪いと-4%

生涯収入の差

平均時給20ドルで40年間働くと仮定すると、生涯賃金は160万ドル。見た目が並以下だと146万ドル、並より良いと169万ドルになり、その差は約23万ドル(約2700万円)に及ぶ。

容姿よりも重要な要素もある

美しさは収入に影響するが、教育などほかの要素のほうがより大きな影響を持つ。また、男性の方が容姿による収入差が大きいという意外な結果が出ている。

美しさを活かした職業選択

美しい人は自分の容姿が報われる仕事を選び、醜い人はそうした仕事を避ける傾向がある。容姿が重視される職業では、美しさが収入を大きく左右する。

美貌が収入を左右する職業の例

  • 売春婦:魅力的な女性は稼ぎが12%多い。
  • 政治家:写真付き投票用紙の調査で、美貌が非現職候補の得票率を押し上げた。
  • 教授:カナダの調査で、容姿が良い教授は年収が6%高い。
  • NFLのクオーターバック:顔の対称性が高い選手は最大で年俸が12%高い。

美しい働き手は雇用主に利益をもたらす

美しい人に高い給料を払っても、雇用主は十分な利益を得ていると考えられる。寄付勧誘員の調査では、美しい女性は寄付成功率が2倍近かった。広告会社の試算でも、美貌が売上に与える影響はコストを上回っていた。

美しさは経済取引の一部

容姿は商品やサービスの一部として認識され、顧客の満足度や支払い意欲に影響する。美形の働き手は高い売上を生み出し、雇用主に大きな利益をもたらす。

醜い人が不利になる社会的問題

見た目が劣るだけで不利益を受けるのは理不尽だが、現実には私たち自身が美しい人を好んでしまうことが原因でもある。法律による保護は限定的で、広範囲に及ぶのは現実的ではない。

容姿に頼らず自分を活かす方法

容姿の不利を完全になくすことは難しいが、仕事の成果は容姿だけで決まらない。ほかの強みを伸ばし、自分を活かせる道を選ぶことで、ハンデを軽減できる。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、「美貌」という一見主観的なテーマを経済学的に分析し、データによって可視化している点にあります。美しさが希少な資源として経済活動にどのような影響を与えるかを、労働市場や消費行動、職業選択など多角的に検証しているのは興味深い試みです。特に、教育や年齢、健康など他の要因を統計的にコントロールしたうえで、美しさが収入に与えるプレミアムやペナルティを定量化している部分は説得力があります。さらに、性別や職種による影響の差異、国や地域をまたぐ調査の紹介など、グローバルな視点で分析している点も評価できます。読者は「美しさ」という感覚的な概念を、実際の賃金やキャリア選択と結び付けて考えられるようになり、社会の中で見た目が持つ現実的な力を理解できるでしょう。

悪い点

一方で、本書の弱点は、美しさの定義や評価を巡る複雑さをやや単純化していることにあります。著者は「美しさの評価は多くの人で一致する」とデータで示していますが、その裏には文化的背景や社会的バイアスが存在するはずです。例えば、調査が主に北米や一部の都市圏で行われていることから、多様な文化圏における美の基準が十分に反映されていない可能性があります。また、職業選択や収入格差を説明する際に、美しさ以外の社会構造的要因(性差別や人種差別、階層の固定化など)への言及が比較的少なく、結果として「美しい人は得をする」という現象をやや単純に受け止めさせかねないのが惜しいところです。さらに、美容投資の限界効用の低さに触れている一方で、美の自己表現や自己肯定感など、経済以外の価値にほとんど触れていないのも片面的に感じられます。

教訓

本書から得られる重要な教訓は二つあります。第一に、美しさが労働市場において実際に経済的な優位性をもたらしているという現実を直視することです。これは不平等の一形態であり、私たちが無意識に美貌を好む選好を持っていることが、賃金格差や職業差別の温床になっていると示唆しています。第二に、容姿がキャリアのすべてではないという点です。著者は教育やスキルが依然として収入に大きな影響を与えることを強調し、容姿による不利があっても戦略的に職業選択を行い、自分の強みを育てることでハンデを軽減できる可能性を示しています。この視点は、現実の不公平を認めつつも、自己改善やキャリア戦略によって主体的に道を切り拓くことの重要性を教えてくれます。

結論

総じて本書は、美貌と経済の関係をデータで裏付けつつ、人間社会に潜む「見た目の格差」という現象を冷静に描き出しています。美しさをめぐる不平等を完全に解消することは難しく、法的な保護も限界があると指摘する一方で、個人が自分のキャリアを築く際にできる選択肢を提示しているのは実践的です。経済学を通じて「美しさ」という感情的テーマを理知的に分析し、私たちが無意識に持つ価値観を問い直す契機を与えてくれる点で、社会を考える上でも自己理解のためにも意義深い一冊です。美の力を否定するのではなく、データに基づきその実態を理解し、自分の立ち位置を見極めることの重要性を示している本書は、単なる知識の提供を超えて、現代社会の構造的な不平等に対する洞察を与えてくれるでしょう。