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「新・観光立国論 イギリス人アナリストが提言する21世紀の「所得倍増計画」」の要約と批評

著者:デービッド・アトキンソン
出版社:東洋経済新報社
出版日:2015年06月18日

経済成長が停滞する日本が直面する課題

日本では経済成長が鈍化しており、GDPを拡大するには人口増加が必要とされる。しかし、移民政策は受け入れられにくく、女性活用による「ウーマノミクス」も即効性に欠ける。その代わりに著者が提案するのは、外国人観光客という「短期移民」を増やすことである。観光客がより多くお金を使える環境を整えれば、GDPの成長が期待できる。

観光立国とは何か

観光立国とは、自然や文化財などを整備し、観光産業を国の経済基盤の一つに育てる国のことを指す。世界平均では観光産業がGDPの9%以上を占めるが、日本はまだこの水準に達していない。

世界の観光立国と日本の現状

観光立国は「国際観光客到着数」と「国際観光収入」で測られ、フランス、アメリカ、スペイン、中国などが上位を占める。2014年の訪日外国人観光客数はタイや香港の半分程度にとどまっている。

観光立国に必要な4つの条件

  1. 気候 — 極端に暑すぎず寒すぎない気候や、幅広い気候帯を持つ国が有利。
  2. 自然 — 雄大な自然や独自の動植物は観光客を惹きつける。
  3. 文化 — 歴史的遺産や現代文化は大きな魅力。
  4. 食事 — 世界的に認知された独自の料理は観光の強力な武器。

日本は4条件を満たしている

日本はスキーができる北海道とリゾートが楽しめる沖縄、多様な自然、和食、伝統から現代まで幅広い文化を持っている。にもかかわらず、年間の訪日外国人観光客は約1300万人にとどまっている。

観光を軽視してきた日本の問題

日本は観光分野への投資が少なく、文化財の保護や整備も不十分だ。観光資源を活かしきれておらず、世界への情報発信も的外れなことが多い。

誤ったアピールとおもてなしの限界

「日本人のマナー」や「おもてなし」は決定的な訪問理由にはならない。世界から注目されているのは、気候・自然・文化・食事といった基本的な観光資源である。

外国人観光客のニーズに応える重要性

外国人観光客は国籍や嗜好によって大きく異なる。台湾人はテーマパークや旅館、中国人はショッピングに関心が高いなど、ターゲットを明確にして施策を展開する必要がある。

上客を取り込むための課題

ヨーロッパやオーストラリアからの富裕層は長期滞在し、観光支出も多いが、日本は十分に呼び込めていない。高級ホテルやVIP向けサービスが整っていないことが一因である。

文化財の整備と魅力的な情報発信の必要性

文化財は保存目的だけでなく、観光資源としての整備が必要だ。分かりやすい解説や多言語対応、音声ガイドなどを充実させ、訪問者が背景やストーリーを理解できる環境を作るべきである。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、日本経済の停滞を「観光」という新しい角度から打開しようとする着想の鮮やかさだ。著者は、人口増加や女性活用など既存の政策論議では即効性が薄いと指摘し、短期滞在の外国人観光客を「短期移民」として捉え、彼らの消費を通じてGDPを押し上げるべきだと説く。この視点は、観光を単なる娯楽ではなく国家戦略の一部として再定義するもので、政策的にも経済的にも応用可能性が高い。また、観光立国に必要な条件を「気候」「自然」「文化」「食事」という4要素に整理し、日本がそれらを満たしている事実を示す点は説得力がある。さらに、台湾人や中国人など訪日客の趣向を細かく分析し、ターゲット別の戦略を提示する具体性も実践的で、読者に行動のヒントを与えてくれる。

悪い点

一方で、本書にはいくつかの限界も見受けられる。まず、外国人観光客の消費をGDP成長の主要な柱に据える発想は、短期的には効果があっても構造的な経済成長にはつながりにくい。観光業は世界的に景気や災害、パンデミックに影響を受けやすく、長期安定した成長エンジンになり得るかは疑問だ。また、著者は観光資源の発信不足や文化財整備の遅れを問題視しているが、予算や人材の制約、文化財保護と商業化のバランスといった課題への具体的解決策は薄い。加えて、富裕層向けの高級ホテルやVIP専用サービスの整備を強調するが、それが地域経済全体の底上げにつながるかは議論の余地がある。結果として、観光政策の方向性は提示されても、実現の困難さへの配慮が不足している印象を受ける。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「資源を持っているだけでは価値を生まない」ということだ。日本は気候、自然、文化、食事といった観光大国の条件をすべて備えていながら、発信力と受け皿整備の不足により「宝の持ち腐れ」となっている。訪日客の嗜好や国別の消費行動を分析し、セグメントごとのニーズに応じた商品・サービスを提供する重要性も示唆に富む。さらに、国内の常識や価値観にとらわれず、外国人の視点で文化財やサービスを再設計する姿勢が必要であると教えてくれる。観光を経済戦略に昇華させるには、単なる「おもてなし」や治安の良さを誇るだけではなく、体験の質・多様性・利便性を包括的に向上させる必要がある。

結論

本書は、日本経済の新たな活路として観光を強く推す挑発的かつ刺激的な一冊である。既存の政策では打開が難しい成長停滞に対し、「観光立国」という視点を提示し、データと事例でその可能性を裏付ける点は評価に値する。ただし、観光に過度な期待をかけすぎるリスクや、実装の困難さへの考察はやや浅い。とはいえ、日本が持つ観光資源の潜在力を可視化し、どのように磨き上げるべきかを考える契機を与える一冊であり、政策立案者や観光業界に携わる人のみならず、経済の未来を考える一般読者にも一読の価値があるだろう。