Uncategorized

「日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ」の要約と批評

著者:湯之上隆
出版社:文藝春秋
出版日:2013年10月20日

著者の背景と特徴的な視点

著者は日立で半導体微細加工技術を研究してきた技術者であり、エルピーダや半導体先端テクノロジーズなど第一線で活動した人物である。ビジネス分析ではなく、技術力を具体的に分解して戦略を語る点に特徴がある。序章では、日本半導体産業の凋落について述べている。

日本の産業が陥った「イノベーションのジレンマ」

日本の半導体、電機産業、さらにはインテルまでもが、世界シェア1位の地位から衰退した。原因は、世の中のパラダイムシフトに対応できず、既存顧客の要求に固執することで破壊的技術に駆逐された「イノベーションのジレンマ」にある。

コンピュータ産業の変遷と後手に回った日本

コンピュータは1970年代以降、メインフレームからPC、スマホへと進化したが、日本の半導体・電機産業は破壊的技術への対応に遅れを取った。

零戦と日本の半導体産業の類似

日本の半導体産業の栄枯盛衰は、零戦の運命に似ている。顧客の要求に応じた高品質製品を作った結果、柔軟に対応できず、やがて競争に敗れる構図は共通している。

「日本の技術力は高い」への疑問

日本では「技術力が世界一」と信じられているが、技術力には品質、性能、コスト、スピードといった複数の軸がある。一面の評価だけで優れているとは言えない。過去の成功体験が過信を生み、変革を阻害している側面もある。

韓国・台湾に劣る低コスト技術

日本は高品質技術では優れるが、低コスト技術では韓国や台湾に劣る。テレビ産業も、高品質では強かったが、コスト競争で後れを取り劣勢となった。

日立とNECの文化の違い

日立は「新技術オタク」で一点突破型、NECは「均一性」を重視して既存技術を活用する文化を持つ。仕事の細分化の度合いもNECの方が大きく、多人数での開発体制を取っていた。

三菱出身者の強みとインテグレーション技術

エルピーダの調査で、三菱出身の技術者が高く評価されていた。彼らは「安くつくる技術」の課題を認識し、組織間調整や低コスト量産を可能にするインテグレーション技術を持っていた。

エルピーダとサムスンの比較

エルピーダは高歩留まりを誇ったが、サムスンはチップ面積の小ささや開発体制、装置効率により総合的に優位に立っていた。単一の指標で技術力を論じても意味がないことが示された。

ルネサスと自動車産業の課題

トヨタやデンソーの「不良ゼロ」要求に応えるため、ルネサスは高コストな検査や選別を強いられ、利益を出しにくい構造に陥った。結果として半導体メーカーは自動車向け製品を敬遠する傾向が強まった。

日本産業の成功パターン

日本が得意とした産業には三つの特徴がある。

  1. 製造工程の効率化による競争力
  2. 高度な摺り合わせ技術が必要な産業
  3. 持続的な技術進歩が求められる産業

半導体メモリもこれに当てはまり、日本に適した分野であった。

日本再起への可能性

日本は、製造技術に競争力を持ち、摺り合わせ技術と持続的技術が求められる分野でイノベーションを起こせば、再び復活する可能性がある。

批評

良い点

本書の最大の強みは、著者が現場の技術者として培った経験に基づき、技術の実態を細分化して分析している点である。一般的な経済評論や企業戦略書では見落とされがちな「製造技術の現場における優位性」や「工程の均一性」「インテグレーション技術」といった具体的要素をもとに議論が展開されており、非常に説得力がある。例えば、エルピーダとサムスンの歩留まり比較を通じて、単純な数値ではなくチップ面積やスループットまでを含めた総合力で技術力を評価すべきだと論じる部分は、表面的な議論に終始しがちな日本の技術論への痛烈な批判として光っている。さらに、日本人が過信してきた「高品質=高い技術力」という固定観念を崩し、コストやスピードも含めた多面的な評価軸の重要性を提示している点も高く評価できる。

悪い点

一方で、全体として叙述がやや断片的で、事例や比喩が多く散りばめられているために議論の軸がぼやける瞬間もある。特に零戦の例えは印象的ではあるが、戦争史の細部に踏み込みすぎており、読者によっては冗長に感じられるだろう。また、著者自身が日立出身であるためか、日立とNECの文化比較などで若干主観的な色合いが強く、客観性に欠ける部分も見受けられる。さらに、日本産業全体への批判が繰り返されることで、構造的な問題提起は理解できるものの、「どうすれば変われるのか」という具体的な改革案がやや弱く、読者によっては悲観的な印象を強めかねない。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、技術力を単一の物差しで測る危うさである。高品質で壊れないDRAMや高画質テレビを作る能力は確かに一級品であったが、それだけではグローバル競争に勝てない。むしろ、低コスト化やスピード対応、組織間の調整能力といった「見えにくい技術力」こそが競争優位を左右するのだ。また、過去の成功体験への過信が変革を阻害すること、顧客要求に従順すぎると結果的に産業の首を絞めることなど、現在の日本企業にもなお有効な警告が散りばめられている。さらに、日本が本来得意とする「製造工程における競争力」や「摺り合わせ技術」を活かす分野を見極める重要性も強調されており、単なる敗北史ではなく再生のヒントを含んでいる。

結論

総じて本書は、日本の半導体産業の凋落を単なる経営不振や市場競争の敗北として片づけるのではなく、技術力の定義そのものを問い直す硬派な批評である。著者は技術者ならではの視点で「現場の技術」と「産業全体の戦略」を接続し、日本が再び強みを発揮できる可能性を模索する。その一方で、読者にとって耳の痛い批判も多く、楽観的な未来像を描くことには成功していない。しかしだからこそ、甘い幻想を排した現実的な議論として価値がある。日本の「ものづくり信仰」を相対化し、複数軸での技術力評価を迫る本書は、技術経営に携わる人々にとって必読の書と言えるだろう。