著者:網野知博
出版社:日本能率協会マネジメントセンター
出版日:2013年11月29日
物語の始まり:小さなデータが生んだ大きな成果
本書は、著者・網野氏が関わったビッグデータ活用プロジェクトのエピソードから始まります。
あるプロジェクトでは「膨大なデータ」ではなく「少量のデータ」から、事業高度化に有効な活用方法が生み出されました。投資額を抑えつつ効果を得られる、まさにビジネス的には成功といえる成果です。
しかしクライアント担当者は、「CIOからビッグデータ活用を求められたのに、少量データでは説明がつかない」と不満を示しました。つまり、彼らが求めていたのは「経営的効果」ではなく「大規模データを使った美談」だったのです。
この事例は、コンサル現場でよくある「経営視点の欠如」や「データ活用が手段から目的化している現実」を象徴しています。
企業データの3つの切り口
企業を取り巻くデータは次の3つに整理できます。
- 定型データと非定型データ
- 定型データ(構造化データ):商品番号、単価、数量などのデータベースに登録された情報。
- 非定型データ(非構造化データ):文書、メール、PDF、画像、動画、音声など。
- 社内データと社外データ
- 社内:営業日報、クレーム情報など業務で日常的に蓄積。
- 社外:市場調査、経済データ、行政データ、SNS(Twitter、Facebook等)。
- マスタデータとトランザクションデータ
- マスタ:商品マスタ、顧客マスタ、社員マスタなどの基本情報。
- トランザクション:取引明細など、日々発生する記録。
ビッグデータの4つの特徴
IBMによると、ビッグデータは次の4要素で特徴づけられます。
- Volume(容量):テラ〜ペタバイト規模の膨大なデータ量。
- Variety(種類):構造化データに加え、テキスト・動画・ログなど多様。
- Velocity(頻度・速度):センサーやICタグから得られるリアルタイム性。
- Veracity(正確さ):矛盾や曖昧さを排除し、信頼性を確保。
著者はさらに「分析して成果を出せるならどんなデータでもOK」「成果につながるならどんな分析でもOK」という視点を重視。つまり、ビッグかリトルかは本質ではなく、成果を生む分析が目的であるべきだと強調します。
儲け話のメカニズムとキードライバー
ビッグデータ活用に先立ち、企業は「儲け話の仕組み」と「キードライバー」を明確化する必要があります。
例として通信会社では、新規顧客獲得にコストがかかる一方、継続利用が収益源です。つまり、顧客継続率がキードライバーであり、データ活用は優良顧客の離脱防止に向けられています。
このように、事業構造に応じて活用方法は大きく異なるため、まず基盤を押さえることが重要です。
ツール選定の3つのポイント
データ分析ツールを選ぶ際には以下が重要です。
- 安価で導入しやすいこと(SaaSなど初期投資不要なもの)
- 専門知識なしでも使えること(SQL不要で事業部門でも操作可能)
- サクサク動くこと(試行錯誤を繰り返せるスピードがある)
具体例として「Tableau」「RedShift」などが紹介されています。
データ分析の6ステップ
データ分析は次のプロセスで進みます。
- データ収集
- 格納・前処理
- 分析方針の検討
- データ加工
- データ分析(仮説検証の繰り返し)
- レポート
特に重要なのは分析方針の検討であり、「誰が」「何を」「どこから」「いつ」「なぜ」という分析軸を設定することが求められます。
顧客分析の基本:デシル分析とRFM分析
顧客を理解するための代表的手法が以下です。
- デシル分析:購買金額順に顧客を10等分し、セグメントごとの貢献度を把握。
- RFM分析:最新購買日(Recency)、購買回数(Frequency)、購買金額(Monetary)の3指標で優良顧客を特定。
これらを通じて、自社にとっての優良顧客像や収益構造を把握できます。
リコメンデーションの4つのアプローチ
購買につながる施策として重要なリコメンデーションには、次の4種類があります。
- 売れ筋商品をすすめる(ランキング型)
- 人間的に合理的なすすめ方(関連商品や補完商品)
- 商品間の関係性に基づくすすめ方(バスケット分析)
- 顧客データに基づくすすめ方(類似顧客分析)
まとめ:データ活用は“自分事”として挑む
本書が強調するのは、「データ量の大小は本質ではない」ということです。
大切なのは、事業部門が自ら分析し、成果を生むための思考を持つこと。ビッグデータ活用は難解なものではなく、誰もが取り組むべき「実務的な挑戦」なのです。
批評
良い点
本書の最大の強みは、ビッグデータという言葉の華やかさに惑わされず、「データはあくまで経営に資するための手段」という冷静な視点を提示している点である。ビッグかリトルかといった分類にこだわらず、「成果を出すために活用できるデータなら何でもよい」という著者の立場は、実務者にとって非常に実践的である。また、事例紹介やツール選定の具体例、分析のステップを体系的に示しており、読者がすぐに応用できる知識として整理されている。特にRFM分析やデシル分析といった古典的手法を、現代のデータ活用と結びつけて再評価している点は、実務現場に根ざした説得力を持っている。
悪い点
一方で、本書の弱点は、内容がやや散漫になりがちな点である。冒頭のエピソードから導かれる「データ活用の目的と手段の逆転」というテーマは重要であるが、その後はデータの分類や分析手法、ツール紹介などに展開し、やや教科書的な羅列に寄ってしまう印象がある。また、紹介されるツールやサービスが、出版時点での流行や製品に依存しているため、時間の経過とともに陳腐化するリスクがある。さらに、企業内部の政治的要因や人間的な抵抗といった「データ活用が進まない現実的な壁」に対する掘り下げが十分ではなく、やや理想的な実務像に偏っているとも言える。
教訓
本書から得られる最も大きな教訓は、データ活用において「規模」や「技術」よりも、「経営課題との接続」が本質であるという点である。ビッグデータが目的化してしまうと、どれだけ立派な分析をしても経営的成果には結びつかない。むしろ、事業構造を理解し、キードライバーを押さえた上で、最適なデータを選び、シンプルな手法で分析することこそが重要である。つまり、華麗なアルゴリズムや巨大なデータ基盤ではなく、「経営と現場をつなぐ実行可能性」が成功の分水嶺であるという現実を、読者は改めて認識するべきだ。
結論
総じて本書は、データ活用に対する過剰な幻想を打ち破り、読者に「自分事としてのデータ活用」を促す良書である。特に、専門知識がなくても扱えるツールや、事業企画部署でも取り組めるアプローチを重視している点は、多くの企業人に勇気を与えるだろう。ただし、より高度な実践を志す読者には、技術面・組織面での深掘りが不足していると感じられる可能性もある。それでもなお、本書が投げかける「データの大きさではなく、経営課題にどう寄与するか」という問いは普遍的であり、ビッグデータという言葉に振り回されがちな現場に一石を投じる意義深い一冊である。