著者:佐々木紀彦
出版社:東洋経済新報社
出版日:2013年07月18日
出世コースは「紙」から「デジタル」へ
これまで新聞社や出版社では、「紙」が出世コースとされ、デジタルは左遷先のように見られてきた。しかし今後は「紙を中心にデジタルを補助とする形」から、「デジタルを起点に戦略を考える形」へと急速にシフトしていく。人事においても、デジタル部署が会社のエースを配置する重要なポジションになるだろう。
紙の論理とデジタルの論理の違い
紙の世界では「組織や会社の論理」が優先され、個性よりも媒体全体のトーンが重視される。そのため、社内評価を気にする“内向き人間”になりやすい。
一方デジタルでは「個人のキャラ」が重要で、個性がにじみ出た記事のほうが読まれやすい。媒体名よりも筆者自身の存在感が重視され、組織より個人の論理が支配的になる。
記者・編集者に求められる新たな力
これからの記者・編集者には、従来以上に以下の力が必要となる。
- 本業の確かな実力
- 魅力的なパーソナリティや語りの力
- ブランド戦略
- ストーリーテリングや分析力、人の本音を引き出す力
スクープだけでは不十分で、オリジナリティのある読み物こそが媒体の核となる。
「東洋経済オンライン」の成功事例
2011年11月の大幅リニューアルにより、PVは2013年3月に5301万、ユニークユーザー703万人を達成。成功の要因は以下の3つである。
- 紙の編集部から切り離した運営
- 30代をターゲットにした戦略
- ユーザー第一主義の徹底
特に「紙とオンラインの分離」は重要で、記事更新スピードや読者層の違いを踏まえた判断だった。
ウェブ文章の特徴と戦い方
ウェブは「感情寄り」のメディアであり、論理一辺倒の学者調・コンサル調は敬遠される。むしろ政治家のスピーチのように、感情を揺さぶるエピソードが効果的である。良いウェブ記事を書く力は、プレゼン能力とも深く結びついている。
紙媒体の衰退と米国の事例
2012年末、『ニューズウィーク』は紙版を終了し、オンラインのみへ移行。背景には部数・広告収入の激減がある。米国では新聞社の職員数も2000年から2012年にかけて大幅に減少した。この流れは日本にも及ぶだろう。
有料課金モデルの可能性
フィナンシャル・タイムズ(FT)は2007年にメーター制を導入し成功を収めた。ニューヨーク・タイムズ(NYT)も無料路線から課金モデルへ転換し、有料会員数を増加させている。
有料化成功の条件は以下の通り。
- 経済系・エリート系・データ系の媒体であること
- 紙で築いたブランド力があること
- 無料サイトで大きな実績を持つこと
新しい組織モデルと改革
有料課金など新ビジネスの創出には、スピード感ある実行とトライ&エラーを支える組織が不可欠である。クリステンセン教授は次の3つの選択肢を提示している。
- 社内に新組織を立ち上げる
- 既存組織からスピンアウトする
- デジタルに適合した組織を買収する
次世代ジャーナリストの条件
メディア新世界で求められる能力は以下の7つである。
- 媒体を使い分ける力
- テクノロジー理解
- ビジネス理解
- 万能性+複数の得意分野
- 国境を超える力
- 孤独に耐える力
- 教養
特に「教養」は読書を通じて古典に触れることが推奨される。
批評
良い点
本書の最大の強みは、紙媒体とデジタル媒体の「構造的な違い」を実体験に基づいて整理している点にある。著者は東洋経済オンラインの刷新に携わり、数値的成果を裏付けとして提示することで、理論にとどまらない実証性を確保している。特に「紙は組織論理、デジタルは個人論理」という対比は、現場で働く記者や編集者にとって直感的に理解しやすく、また自らの仕事のあり方を見直す契機となるだろう。さらに、デジタル時代に必要な「ストーリーテリング力」「ブランド戦略」「感情に訴える表現」といった具体的なスキルを列挙している点は、従来のメディア論が抽象論に終始しがちだったことを踏まえると、実務的に役立つ指針として高く評価できる。
悪い点
一方で、本書の弱点は「デジタルこそが未来である」という前提を強調しすぎている点にある。確かに紙媒体は縮小傾向にあるが、文化的・歴史的な重みや、信頼性の象徴としての役割はいまだ健在であり、それを軽視する姿勢はバランスを欠いている。また、デジタルにおける「個性の重視」は、裏を返せばポピュリズムや過激な言説に流されやすいリスクを伴う。本書では透明性や多様化を肯定的に捉えているが、フェイクニュースや情報の分断といった負の側面にはあまり踏み込んでいない。この点で、議論はやや楽観的かつ一面的に映る。さらに「次世代ジャーナリストの条件」として列挙された七項目は網羅性があるものの、抽象度が高く、具体的な実践方法に欠けており、読者にとっては行動指針としてやや弱い。
教訓
本書から導き出される教訓は、メディアにおける価値の源泉が「組織の権威」から「個人の力」へと移りつつあるという事実である。つまり、記者や編集者にとって重要なのは、会社の看板に依存することではなく、自らの分析力、語りの力、そして多様な経験に裏打ちされた独自の視点である。さらに、媒体やフォーマットを横断し、紙・デジタル・イベント・動画などを自在に組み合わせる柔軟さが不可欠であることも示唆している。要するに、これからの時代においては「一つの専門技能」よりも「複数の分野を架橋する総合力」が求められるのであり、それは単なる技術的なスキルではなく、深い教養と実体験の積み重ねによって培われるものだという教えが強調されている。
結論
総じて本書は、デジタル化という不可逆的な潮流の中で、ジャーナリズムが直面する課題と可能性を明確に描き出した一冊である。その内容は現役のメディア関係者にとってはもちろん、情報発信を行うあらゆるビジネスパーソンにとっても示唆に富む。ただし、デジタル化の光と影を同時に見据える冷静さを欠いている点は否めず、読者は本書の主張を鵜呑みにするのではなく、リスクや限界を補完的に考える必要がある。それでもなお、本書が提示する「組織論理から個人論理への転換」という枠組みは、時代を読み解く上で重要な視座を与える。最終的に本書が伝えるのは、変化を恐れず、個人としての力を磨き、デジタルの舞台で生き抜く覚悟を持て、というメッセージに他ならない。