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「ヤバい経営学 世界のビジネスで行われている不都合な真実」の要約と批評

著者:フリークヴァーミューレン、本木隆一郎(訳)、山形佳史(訳)
出版社:東洋経済新報社
出版日:2013年03月14日

革新的な戦略は偶然から生まれる

「大成功する戦略や革新的な戦略は、合理的なプロセスやトップの独断から生まれるものではない」という考え方がある。私もこの意見に賛成だ。確固たる証拠はないが、多くの企業研究を通して強い実感を得ている。

企業に戦略の経緯を尋ねると、最初は論理的な説明が返ってくる。しかし詳細に調査を進めると、運や偶然の出来事が戦略を方向づけたケースが多いことがわかる。

  • CNNのグローバル戦略は、フィデル・カストロが偶然CNNを視聴できたことから始まった。
  • サウスウエスト航空のLCCモデルは、競争激化で機材を1機売却せざるを得なかった偶然から生まれた。

多くの経営者は「偶然の産物」と言うより「合理的プロセスの成果」と説明したほうが体裁が良いと考えるため、戦略の本当の成り立ちは見えにくくなる。

成功の罠 ― 優良企業も衰退する

1966年のフォーチュン100企業のうち、2006年まで存続していたのはわずか19社にすぎない。環境変化に適応できず消えていったのだ。これを「成功の罠」と呼ぶ。

特に不況下では企業が萎縮し、「対脅威萎縮効果」に陥る。コア事業に固執し、コスト削減に走るが、それだけでは売上は伸びない。状況によってはむしろ新たな収入源を探す方が重要だ。

小さな顧客を狙う戦略

苦境に立つ企業は、大手企業との契約よりも小規模企業を顧客にすべきだ。同じ営業手法を使えるうえ、将来の顧客基盤も築けるからだ。

「規模拡大は正しい戦略」なのか

経営者はしばしば「規模の大きさ」を過大評価する。買収によって業界最大になることを誇示するが、実際には7〜8割のM&Aは失敗に終わる。

研究によれば、買収から5年後に企業価値が10%下落するケースも多く、成功しているように見せる分析の多くは自己正当化にすぎない。

コアビジネス集中の誤解

多くのビジネス書は「コア事業に集中すべき」と説く。しかしこれは因果関係を誤解している。

  • 優良企業が集中しているのは「原因」ではなく「結果」である。
  • 低迷企業が多角化するのは「失敗の原因」ではなく「生き残るための結果」である。

つまり「関係があること」と「因果関係があること」は異なる。

誤った合理化 ― 人員削減の落とし穴

人員削減は即効性があるように見えるが、多くの研究では効果がないことが示されている。

  • 残された社員の士気や忠誠心が低下する
  • 自主退職が増える
  • 結果的に利益率が悪化する

ただし、公正な人事制度や福利厚生を整えている企業では副作用を抑えることができる。人員削減を成功させるには、日頃から社員を大切にする姿勢が不可欠だ。

「今日の変化はかつてないほど激しい」は本当か

多くの経営論は「変化の時代」という前置きから始まる。しかし歴史的に見れば、今日の環境が特別に不確実という証拠はない。

ミシガン州立大学の研究では、5700社・20年以上のデータを分析し、競争環境は過去と大きく変わっていないことが示された。

つまり、競争優位の獲得・維持が「今ほど難しい時代はない」という通説には根拠がない。

批評

良い点

本書の大きな魅力は、経営戦略における「合理性神話」を鋭く批判している点にある。著者は従来のビジネス書が示す「成功の法則」に懐疑的であり、むしろ企業の成長や革新が偶然や思わぬ出来事から生じることを豊富な事例をもって示している。サウスウエスト航空やCNNの例はその典型であり、戦略が必ずしも綿密な計画の結果ではないことを実感させる。また「成功の罠」や「対脅威萎縮効果」といったアカデミックな研究を織り交ぜることで、単なる体験談や感覚的な批評に留まらず、学術的裏付けを伴った議論に仕立てている点も評価できる。さらに、買収や人員削減といったよくある施策の失敗率を統計的に明示し、企業が誤った常識に従う危険性を浮き彫りにしているのも優れた点だ。

悪い点

一方で本書には、批判精神の鋭さゆえの弱点もある。まず、偶然性や不確実性を強調するあまり、では具体的にどうすれば良いのかという「前向きな指針」がやや不足している。たとえば「買収の7割以上は失敗する」と断言する一方で、成功する買収の条件についての掘り下げは浅い。また、調査やデータの紹介は興味深いが、必ずしも一貫した理論体系に結びついていないため、読者にとっては「現状否定の連続」と感じられる恐れがある。さらに、「経営環境の不確実性は過去も今も変わらない」との主張は一理あるが、IT革命やグローバル化といった現代的変化を軽視しているようにも見え、過去との単純比較に疑問が残る。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「成功要因を単純化して信じ込む危険性」である。コアビジネス集中が良いとされても、それが因果ではなく結果にすぎないことが多い。つまり、経営の世界では「相関」と「因果」を取り違えてしまうと誤った意思決定につながる。また、人員削減や企業買収のように短期的に効果が見える施策も、長期的には副作用が大きく、持続的成長を妨げる可能性がある。ここから読み取れるのは、経営者は「格好の良い理論」や「成功企業の模倣」に安易に飛びつくのではなく、データを冷静に吟味し、自社の文脈に即した柔軟な判断を下す必要があるという点だ。偶然や不確実性を排除することはできないが、それを前提に備える姿勢こそが真に戦略的であると言える。

結論

総じて本書は、経営戦略に関する思考停止を揺さぶる力強い一冊である。従来のビジネス書が提示する「黄金律」を疑い、現実の企業が直面する偶然性や失敗の実態をあぶり出す点は、経営者や実務家にとって刺激的で有益だ。しかし同時に、批判が過多で建設的提案に欠ける部分もあり、読後に「ではどうすべきか」という問いが残る。その意味で本書は、完成された処方箋ではなく、思考を深めるための「問いかけの書」として読むのが最適だろう。経営の複雑性や不確実性を真正面から受け止める姿勢を学ぶことで、読者は自らの実務に新しい視座を持ち込むことができるはずだ。