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「モデレーター 聞き出す技術 マーケティング・インタビューのプロ」の要約と批評

著者:早尾恭子
出版社:すばる舎
出版日:2014年05月29日

モデレーターの役割

モデレーターは、生活者に気持ちよく話してもらい、普段は意識されない本当の気持ちを引き出すプロである。生活者の本音やリアルな声こそが、次のヒット商品を生み出す重要なヒントになる。

表面的な発言の奥にある本音を探る

表面的な言葉の裏にある理由を問いかけることで、隠れた本音を発見できる。例えば、アイスの「トッピングが多いからおいしい」という声の背景を探ると、「最後までおいしく食べられるから」という本音にたどり着け、新たな商品アイデアが生まれる。

「なぜだろう?」を起点に深く掘り下げる

相手の言葉をそのまま受け取るのではなく、何度も出てくるキーワードや曖昧な表現に注目し、「それはどういう意味ですか?」と問いかけていくことで、相手の考えや感情の深層を知ることができる。

先入観をなくし多角的な視点を持つ

自分の価値観を「普通」と思わず、相手の言葉をありのまま受け止める意識を持つ。さらに、一つの言葉から多くの連想を広げたり、周囲を観察して「自分がこの人だったら」と想像することで、柔軟な視点を養える。

本音を引き出す基本テクニック

  • 会話の冒頭は話題を限定せずに「どうですか?」と広く尋ねる
  • 相手が話し終えるまで黙って待つ
  • 重要なキーワードが出たらオウム返しする
  • 話が脱線しても「材料探し」と考えて受け止める
  • 相手がノッてきたら大きなリアクションを取って盛り上げる

発言を整理して本質をつかむ

相手の発言を「一つの事実」と「一つの気持ち」に分解すると理解が深まる。さらに、調査の目的や仮説を「樹木」に例えて整理することで、聞き漏れを防ぎ、深掘りのポイントを見つけやすくなる。

機能的価値と情緒的価値を見極める

相手の言葉が「機能的価値(便利さ・性能)」か「情緒的価値(感情・満足感)」かを判断する。感情的なキーワードが出たときは、さらに上位概念である安心・安全・幸せといった「精神的価値」まで引き出すとよい。

深掘りに使える質問例

  • 「そのほうがよろしいんですね?」
  • 「どういう気持ちになれるのですか?」
  • 「どんないいことがあるの?」
    定義が曖昧な言葉には意味を確認し、矛盾点を優しく指摘する。擬音語・色・キャラクターなどでイメージを引き出す質問も効果的。

インタビューを成功させる空気づくり

開始前に緊張をほぐす工夫をし、アイコンタクトやちょっとした気遣いで安心感を与える。インタビュー中は表情や身振り手振りを交えて「聞いている」姿勢を示し、相手が話しやすい雰囲気をつくる。

雰囲気を壊さず場をコントロールする

評論家のような発言が続いたら「自分ならどう?」と自分ごと化させる。話を独占する人にはやんわりと他の意見を促す。意見を引き出したいときは「ネガティブでも大丈夫」と安心感を示し、全員が話しやすい空気を整える。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、モデレーターという専門職の技術を「誰でも実践できる対話の技術」として具体的に解説している点にある。単なる理論にとどまらず、実際のインタビューや会議で使えるテクニックが豊富に盛り込まれているため、読者はすぐに活用できる実践知を得られる。たとえば「バクッと大きな網を投げる」「オウム返し」「囃子に徹する」など、わかりやすい言葉で記された手法は、相手が安心して話せる場づくりに役立つ。また、「機能的価値」と「情緒的価値」を見極める視点や、発言を「一つの事実・一つの気持ち」に分解する方法など、発想を整理し深掘りするフレームワークが明快で、マーケティングや商品開発の現場に直結するヒントが豊富だ。

悪い点

一方で、内容がやや実務家向けに偏っており、一般読者には情報量が多すぎて圧迫感を覚えるかもしれない。テクニックが数多く提示されるが、体系的に整理されていない印象があり、どの場面でどの手法を選ぶべきかが少し曖昧だ。また、理想的なモデレーター像が強調されるあまり、実際のビジネス現場での時間やリソースの制約、相手のタイプによる限界への配慮が弱い。例えば、強い主張をする相手や、そもそも発言を避ける相手に対してどの程度効果があるのか、限界点やリスクへの言及が少ないのは惜しい。理論と現実のバランスがもう少し意識されると、より実践的な指南書となっただろう。

教訓

本書から得られる最も大きな学びは、「聞く」とは単なる受け身の行為ではなく、相手の潜在的な感情や価値観を掘り起こす能動的なプロセスであるということだ。モデレーターの姿勢として強調される「先入観を排除する」「なぜ?を繰り返す」「相手を安心させる空気をつくる」という原則は、ビジネスのみならず日常のコミュニケーションにも応用可能だ。特に、相手の言葉を鵜呑みにせず、その背後にある動機や本音を探ろうとする姿勢は、深い理解と信頼関係を築くうえで不可欠である。また、情報を「一本の樹木」に例えて構造化する思考法は、複雑な会話を整理し、アイデア発見のヒントを得るうえで有効だと感じた。

結論

総じて本書は、対話を通じて相手の本音を引き出し、価値あるインサイトを発見するための優れた指南書である。特にマーケティング、商品企画、営業、マネジメントなど、人と対話しながら情報を引き出す職種にとっては実用性が高い。ただし、紹介される技術をすべて完璧に実践するのは難しく、読者は自分の状況に合わせて取捨選択する必要があるだろう。それでも、相手を理解しようとする姿勢を身につけたい人、会議や交渉をより建設的なものにしたい人にとって、本書は大きな力となるはずだ。知識の羅列ではなく、聞くことの奥深さを体感できる一冊であり、コミュニケーション力を磨きたいすべての人に推薦できる内容だ。