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「賢く決めるリスク思考 ビジネス・投資から、恋愛・健康・買い物まで」の要約と批評

著者:ゲルト・ギーゲレンツァー、田沢恭子(訳)
出版社:インターシフト
出版日:2015年05月30日

降水確率の意味とリスクの捉え方

まずは身近な、雨に濡れるというリスクを考えてみよう。あなたは天気予報から「明日の降水確率は30%」という情報を得て行動する。これは、一日の時間の30%に雨が降るという意味でもなく、地域の30%に雨が降るという意味でもない。その日と条件が同じような日のうち、30%で雨が降るという意味である。したがって、明日は雨が降らない可能性が高い、というふうに解釈することができる。

専門家の限界と自分で考える重要性

自分にわからないことは専門家に意見を求めればいいという考えもあるかもしれないが、専門家のなかにはリスクについて理解できず、伝えることのできない者も多い。自分の健康や財産を守りながら生き抜くには、知る勇気を持ち、自分の頭で考えることが必要だ。

確実性の幻想と不確実性の直視

リスクはすべて既知で計算可能というわけではない。HIV検査や指紋認証の結果を絶対視するのは、確実性の幻想にとらわれている。また金融予想のように「計算できるはずだ」と信じるのも同じである。不確実性を直視することが、リスク賢者になる第一歩だ。

既知のリスクと未知のリスク

「既知のリスク」とは選択肢・結果・確率がわかっている世界であり、サイコロゲームや降水確率のような例がある。一方「未知のリスク」とは、結婚相手を選ぶことや信頼関係のように、計算で答えを導けない領域である。そして未知のリスクの世界は既知の世界より広大である。

論理と直観の両立

既知のリスクでは論理的・統計的思考が必要である。未知のリスクに直面したときは直観と経験則が求められる。多くの場合、両者を組み合わせて判断することになる。

リスク回避志向と保身的意思決定

リスク回避は間違いを恐れる心から生じる。罰を恐れて意思決定を避けたり、説明責任を恐れて最適でない選択をすることは保身的な意思決定である。

不安と恐怖の学習プロセス

人間は「社会的模倣」と「生物学的準備性」によって恐怖を学ぶ。社会集団が恐れるものを自分も恐れやすく、また遺伝的に備わった要素と社会的学習が組み合わさることで危険を認識する。こうした恐怖が、リスク回避や挑戦の行動に影響する。

内的コントロールの重要性

不安や恐怖を払拭するには内的コントロールが鍵になる。自分の内的目標に目を向けることで、良い判断につながる。

投資の世界と確実性の幻

投資は不確実な世界であり、既知のリスクを前提とした金融理論を全面的に信じるのは危険である。為替予想や株価の予測はほとんど当たらない。モデルは「前年のトレンドが続く」場合にしか機能しにくい。

平均分散ポートフォリオと直観的手法

平均分散ポートフォリオは理論的には有効だが、現実の市場では大量の推定が必要となり、直観的でシンプルなルールのほうが賢明な場合もある。銀行アドバイザーを信頼するのも条件付きである。

結婚相手選びと不確実性

フランクリンは候補者の長所と短所を書き出す方法を勧めたが、結婚相手選びは未知のリスクに属し、合理的な計算方法はなじまない。実際には直観や経験則が重視され、「十分によい」相手を見つける満足化戦略が有効だ。

医学的検査と確率の誤解

マンモグラフィーの陽性判定は誤解されやすい。自然頻度に変換することで理解しやすくなり、誤解が減る。しかし多くの医師は統計を理解しておらず、患者は不要な不安を抱えている。医学教育には統計とリスク伝達の教育が必要だ。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、リスクという一見抽象的で難解な概念を、読者の生活に身近な例に落とし込んで説明している点にある。たとえば「降水確率30%」という例から始まり、日常生活と統計の接点を自然に導き出している。また、金融市場や医療検査といった専門性の高い分野にも触れつつ、専門家ですら誤解していることが多いと明かすことで、一般読者にも「自分で考える力」を持つ必要性を納得させる構成になっている。さらに、「既知のリスク」と「未知のリスク」を分ける視点や、直観と統計的思考の両立を説く点は、単なる理論紹介にとどまらず、現実に即した実践的な智慧を提示しているといえる。

悪い点

一方で、本書は膨大な事例を扱うがゆえに、読者によっては焦点が散漫に感じられるかもしれない。降水確率、投資理論、結婚相手選び、乳がん検査――とテーマが幅広く展開されるため、統一的な議論の筋道がやや見えにくくなる箇所がある。また、統計学的な説明に関しては「自然頻度」への変換といった有益な手法が紹介されているが、数学に苦手意識を持つ読者にとってはやや敷居が高いと感じられるだろう。さらに、金融分野の解説においては、現実世界での不確実性の広がりを示す一方で、投資判断の具体的な実践例が簡略化されすぎているため、知識がそのまま行動指針に結びつきにくい点も弱点といえる。

教訓

本書が伝える最も重要な教訓は、「確実性の幻想に惑わされず、不確実性を直視する勇気を持て」という点に集約される。人はしばしば、専門家や数理モデルの権威に依存して安心を得ようとするが、それ自体が誤った意思決定を導くことがある。既知のリスクには統計的手法を活用し、未知のリスクには直観や経験則を活かすという二重の思考法は、金融や医療の場面に限らず、人間関係やキャリア選択といった人生の根幹にまで応用可能である。さらに、「満足化」という戦略の提示は、理想を追い求めて迷走するのではなく、現実的に「十分よい」選択を行うことの大切さを示している。これは現代社会の過剰な選択肢の中で迷いがちな私たちに、非常に実用的な知恵を与えてくれる。

結論

総じて本書は、リスクに関する知識と直観をバランスよく統合するための優れた入門書であり、日常の意思決定から投資や医療といった専門領域まで幅広く役立つ視座を提供している。読み進める中で、確率や統計を単なる数字ではなく「人生を生き抜くための言語」として捉え直す契機を与えてくれるだろう。その一方で、専門知識を持たない読者にとってはやや理解に骨の折れる章もあるが、それを補って余りあるほどの多彩な事例と示唆が散りばめられている。著者の警告を素直に受け取るならば、私たちは「専門家に任せる」のではなく、「自分の頭で考える」姿勢を強化する必要がある。本書はそのための良き道標となり、不確実な世界を生き抜く勇気と判断力を涵養する一冊である。