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「世界一の馬をつくる」の要約と批評

著者:前田幸治
出版社:飛鳥新社
出版日:2014年12月05日

競馬との出会いと馬主への道

著者は20代はじめ、従兄弟に連れられて初めて馬券を購入し、競馬を楽しむようになった。25歳で起業し、やがて同業の先輩で馬主の人物や、その紹介で馬の調教師と交流するようになった。そして1983年、34歳のときに馬主となる。
北海道の生産地を訪れるうちに、自分でも牧場を持ちたいと考え、翌年、北海道・新冠町で牧場経営を始めた。

日本一美しい牧場を目指して

牧場づくりのため、著者は設計士とともに欧米の牧場を視察。その広大さや美しさに感動し、日本で一番美しい牧場をつくろうと決意する。土地を購入して原野を開き、サラブレッド生産牧場「マエコウファーム(現ノースヒルズ)」を設立した。

成功までの長い道のり

牧場を始めて最初の10年は失敗の連続だった。周囲からは「素人には無理だ」と言われ、自分でもやめようと思ったことが何度もあった。
しかし、欧米では飼料や馬体管理の専門家がいることを知り、世界的スペシャリストのドクター・スティーヴ・ジャクソンをコンサルタントとして招くなど、外部の知見を積極的に取り入れたことで状況が好転しはじめた。

世界の専門家から学ぶ姿勢

ノースヒルズでは、飼料や栄養管理だけでなく、放牧地の土壌管理、馬の歯科、種牡馬と繁殖牝馬の配合など、各分野の世界的スペシャリストを招いている。こうして最新技術や情報、世界の動向を常に学び続けている。

シンプル・イズ・ベストの経営方針

著者は「シンプル・イズ・ベスト」を重視する。世界のトップレベルの専門家の指示に従い、体制を簡潔に保つことで、問題が起きても迅速に対応できるようにしている。
牧場のマネジメントはアメリカ式を採用し、マネージャーとゼネラルマネージャーの合議制で意思決定を行う。

働く人が育つ環境づくり

新卒を積極的に採用し、食事や住環境を充実させている。プロの料理人が美味しい食事を提供し、従業員にはバストイレ付きの個室や、結婚後には牧場内の一戸建てを用意。生活の安定が人材育成につながり、「馬づくりは人づくりから」という理念を体現している。

ゼネラリストとしての役割

著者は「スペシャリストを活かすゼネラリスト」であることを心がける。大きな方向性を示し、細かい仕事は専門家に任せる。ただし、ゼネラリストも各分野を学び、専門家を理解することが求められる。

手づくりの馬づくりの哲学

著者は「手づくりの高級腕時計をつくるように馬を育てる」ことを信条とする。大量生産ではなく、一頭一頭を丁寧に育てるスタイルだ。馬を売るマーケットブリーダーとは違い、生産馬をすべて自分で所有し、門外不出にしている。

成功まで14年かかった理由

牧場を始めてから生産馬がGⅠ初勝利を挙げるまで14年かかった。競馬は「血統のスポーツ」と言われるが、良血を掛け合わせれば成功するわけではない。この難しさこそがオーナーブリーダーのやりがいである。

調教師や騎手への任せ方

調教師には目指すレースを伝えることはあるが、調教方針には口出ししない。騎手に対しても「グッドレースを」とだけ声をかけ、プロフェッショナルの判断を尊重している。

挑戦が生んだ新しい常識

アメリカ式を参考に、日本で初めて通年の夜間放牧を実施。これにより馬の骨量や筋肉量が増し、精神的にも強くなった。オーナーブリーダーだからこそ、こうした革新的な挑戦ができた。

少数精鋭のチーム運営

ノースヒルズのスタッフは約30名の少数精鋭。指示系統をシンプルに保ち、著者は目標と責任を明確に示すことで、スタッフが失敗を恐れず挑戦できる環境をつくっている。

大山ヒルズの誕生と成長

2003年、鳥取県伯耆町に競走馬育成施設「大山ヒルズ」を開設。寒い北海道よりも良い環境で馬を育成する狙いがあった。アクセスの良さや自然環境の豊かさも馬に好影響を与えている。

育成施設としての試行錯誤と改善

開設当初は故障が多かったが、コースを改修し「足場」の質を高めるなど改善を重ねた。ヨーロッパの調教場を参考に、道路舗装や寝藁の工夫など、新しい取り組みも進めている。

馬と人がともに成長する環境

大山ヒルズではスタッフ全員がすべての馬に関わる。所有馬だからこそ、経験の浅いスタッフでも高額馬に騎乗でき、短期間で技術を向上できる。馬が人を育て、人が馬を育てる好循環が生まれている。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、著者がゼロから競走馬生産の世界へ挑戦し、世界トップレベルのノウハウを取り入れて成功を収めた過程を具体的かつ臨場感豊かに描いている点にあります。特に、欧米の牧場を視察して衝撃を受け、日本で最も美しい牧場をつくろうと決意する場面や、専門コンサルタントを積極的に招聘して世界基準の管理体制を導入する姿勢は、既存の慣習にとらわれず柔軟に学び取ろうとする探究心の強さを感じさせます。また「馬づくりは人づくりから」という信念のもと、スタッフの生活基盤を整え、安心して働ける環境を提供する取り組みも印象的です。美しい牧場づくりから人材育成まで、経営哲学と馬産業の実践が一体となって語られており、読み手に力強い刺激を与えます。

悪い点

一方で、本書にはやや自己中心的な経営観がにじむ部分があります。例えば「自分で育てた馬は他人に渡したくない」という方針は情熱的ではあるものの、ビジネス的視点からはリスクの高い戦略でもあります。馬産業は長期的な投資と不確実性が大きいため、収益モデルの脆弱さや失敗の代償の大きさについての冷静な分析が不足している印象を受けます。また、成功までの苦労を語る一方で、失敗の具体的な原因や学びのプロセスがやや抽象的で、読者が実務的な知見として活かせる情報が少し物足りません。さらに、経営手法が「シンプル・イズ・ベスト」と繰り返されるものの、その裏にある意思決定の難しさや葛藤については十分に掘り下げられていないと感じました。

教訓

本書から得られる最も大きな教訓は、「未経験の分野でも、専門家を味方にしながら挑戦し続ければ道は開ける」ということです。著者は素人ゆえのしがらみのなさを武器に、世界の最新技術を導入し、従来の常識を疑いながら改革を進めていきました。夜間放牧やアメリカ式マネジメントなど、日本では異例だった手法を果敢に試みた姿勢は、変化を恐れず実践するリーダーシップの重要性を示しています。また、人材育成に力を注ぎ、スタッフが夢に向かって挑戦できる環境を整えることが、最終的には組織全体の成果に結びつくという点も、あらゆる業界のマネジメントに応用できる示唆といえるでしょう。

結論

本書は、競馬や牧場経営に興味のある人だけでなく、起業家やリーダーを目指す人にも大きな示唆を与える一冊です。未経験から世界基準を取り入れ、日本独自のやり方に挑戦し続けた著者の物語は、情熱と学びの積み重ねが成功を呼び込むことを力強く物語っています。ただし、経営のリスクや失敗の詳細な分析には物足りなさがあり、実践的な経営書として読むには補足的な知識が必要かもしれません。それでも、挑戦を恐れず自らの理想を追求する姿勢、そして「人を育てることで組織も成果を出す」という普遍的なメッセージは、読む人に大きな勇気とインスピレーションを与えるでしょう。