著者:奥田浩美
出版社:日経BP
出版日:2015年02月09日
スタートアップ精神は会社員にも必要
「スタートアップ」というと会社員には縁がないように思えるが、著者はむしろ会社員こそがスタートアップ精神を持つべきだと説く。それは、周囲の共感を呼び込み、社会に影響を与えるうねりを生み出す精神であり、つまりはチーム戦を戦う姿勢を意味する。
チーム戦の本質は多様性の尊重
会社員は「組織の一部」ではなく「チームの一員」として捉えるべきである。チームに必要なのは同調ではなく、多様な価値観を認め合い補い合うことだ。異なる役割を持つメンバーが同じ目的で団結することで、強いチームが形成される。
社会全体と自分を俯瞰して見る
スタートアップ精神の根本には俯瞰的な視点がある。社会全体から見た自分の会社、そして会社の中での自分自身。この二つを見つめ直すことで、会社の存在意義や自分の貢献を意識できる。
会社を自分の資産として使う発想
著者は会社のホームページを自ら作ることを勧める。その過程で会社のビジョンや強み・弱みを理解でき、自分がどのように貢献できるかを具体的に考えられる。「会社を使ってやりたいことを実現する」という発想を持てば、会社員として働くメリットが大きく見えてくる。
会社員だからこそのリスクの少なさと資産の活用
スタートアップは高リスクだが、会社員なら倒産リスクを心配せずに新規事業を企画できる。さらに販路や資金など既にある資産を活かせるため、会社員は「起業家のように働く」大きな強みを持っている。
ビジネスの本質は社会への影響
ビジネスとは社会に価値を提供することであり、会社の存続は「社会から必要とされている証拠」である。会社のビジョンと自分のビジョンの接点を探し、周囲に伝えていくことで大きな志が育っていく。
ビジョンを見つけるための学びと内省
社会に必要なものを知るには、多様な人や現象に触れることが重要だ。異業種交流やメンターから学ぶことが役立つ。また、自分の歩んできた道の中から変わらない想いを拾い上げ、ビジョンの核を定めることも大切だ。
苦手な人との関わりがチームを強くする
社会では必ず「苦手な人」と出会うが、彼らは自分にはない価値を持っている存在だ。共通点を探し、言葉を尽くして意見を伝えることで、より豊かなチームを作れる。人の長所を見抜くポートフォリオ作成も有効である。
共感的アプローチによるチームマネジメント
トラブル時に一方的に叱責するのではなく、共に向き合い改善を話し合うことが必要だ。いまの時代は上下関係ではなく、共に創る「共創社会」へと移行している。共感的アプローチがマネジメントの鍵となる。
著者の実践例:ITふれあいカフェ
著者は「ITで豊かな社会を実現する」ビジョンのもと、最先端技術を広める活動を行ってきた。しかしITが地方に浸透していない現実に直面し、「ITふれあいカフェ」を立ち上げた。そこではタブレットを通じて家族とつながるなど、社会に新しい価値を生み出している。
これからの会社員の在り方
終身雇用が崩れる時代には、「会社にしがみつく」のではなく「組織を巻き込み社会に価値を生むために会社に残る」積極的な姿勢が求められる。自分は仕事を通じて何を社会に創造したいのか、その問いが重要となる。
批評
良い点
本書の優れている点は、「スタートアップ精神」を単なる起業家向けの概念に留めず、会社員にこそ必要な姿勢として提示しているところにある。従来の「組織に従属する個人」という見方ではなく、「チームの一員として共に社会に影響を与える」という考え方を強調することで、会社員が主体性をもって働く意義を再発見させてくれる。さらに、水戸黄門一行に例えられる多様な役割の相互補完や、異なる価値観を尊重する姿勢は、現代の多様性を重視する社会に響くものである。実際のスタートアップと比べて会社員の立場にある利点—資金調達や販路の利用、倒産リスクの低さ—を提示し、組織に属しながら挑戦することの現実的なメリットを説く点も、読者に安心感と希望を与えている。
悪い点
一方で、本書の弱点は理想論に傾きすぎている部分にある。たとえば、苦手な人とあえて組み、共通点を探し、最終的に強いチームを作るという考え方は、美しくはあるが現実の職場では時間や人間関係の制約が大きく、必ずしも実践可能ではない。また「会社を自分の財産として使う」という発想も、自由度の高い裁量を持つ一部の社員には響くかもしれないが、現実には権限や制度の壁が厚い職場では空回りする可能性がある。さらに、著者の個人的な事業経験(ITふれあいカフェ)やカンファレンス運営の事例は確かに示唆的ではあるが、特殊な業界背景に依存しており、すべての会社員がそのまま応用できるとは限らない点も弱点として挙げられる。
教訓
それでもなお、本書が伝える教訓は普遍的だ。すなわち「社会全体の中で自分の会社を位置づけ、その中で自分がどう貢献するかを考えること」が重要であるということだ。会社に依存するのではなく、会社を通じて自分のビジョンを実現するという姿勢は、働き方が多様化し、終身雇用の保証が薄れつつある現代において大きな指針となる。また、異なる人材と協働する中で自分を拡張させることや、共感的アプローチによるマネジメントを重視する姿勢は、単なるキャリア論を超えて、人間関係のあり方や社会の在り方に通じる普遍的な価値観を提示している。特に「大きなビジョンを語り続けるうちに志となる」という発想は、個人の内的成長に直結する重要なメッセージだろう。
結論
総じて本書は、「スタートアップ精神」という言葉を媒介にしながら、会社員がより主体的に、かつ社会とのつながりを意識して働くべきであると強く訴えかけている。理想主義的で現実的な壁も少なくないが、その理念は会社員に限らず、すべての働く人にとって挑戦心を刺激し、自分の仕事の意味を再考させる力を持つ。現代社会においては、単に組織に守られるのではなく、組織を活用し、チームを作り、社会的意義を創造することが求められている。本書を手にした読者は、今の自分の仕事を「社会にどのような影響をもたらすのか」という視点で見つめ直す契機を得るだろう。そしてそれは、単なるキャリア論ではなく、自分自身の人生をより豊かにするための大きな一歩となる。