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「おもてなしを科学する グロースハッカーが大活躍」の要約と批評

著者:西村崇、日経情報ストラテジー(編)
出版社:日経BP
出版日:2015年03月20日

星のや軽井沢のおもてなし改革

顧客に最上級のおもてなしを提供することを目指す高級旅館「星のや軽井沢」。2005年の開業以来、サービス改善を続けてきたが、接客が担当者の経験に依存する点が課題とされていた。2013年春からは「工学的アプローチ」による接客改革を開始し、研修と数値分析でスタッフのスキル向上を図った。その結果、宿泊客の満足度が徐々に高まっている。

グロースハッカーが変えるサービス業

データ分析を活用してサービス向上や事業成長を実現する人材「グロースハッカー」。接客品質を科学的に高める試みは、和食店「がんこ銀座四丁目店」の「仲居センサー」による改善などで成果を上げている。

がんこのセンサー活用事例

センサーで仲居の行動を分析した結果、接客時間の偏りが判明。接客時間の配分を改善したことで注文件数が約4割増加した。さらに調理場シミュレーターを導入し、料理提供のリードタイム短縮と売上向上を実現した。

ネット企業に学ぶ成長手法

MonotaROは「A/Bテスト」と「確率アルゴリズム」を武器にECサイトを改善。購入率や売上を大幅に伸ばし、「おもてなしの自動化」にも成功している。

プリクラ市場を牽引するフリュー

プリントシール機市場で50%以上のシェアを持つフリューは、利用者データの分析を基に商品開発を行う。「ガールズ科学研究所」を設立し、顧客トレンドを反映させた商品展開でヒットを連発している。

ココカラファインのテキストマイニング活用

全国展開するドラッグストア「ココカラファイン」は、テキストマイニングで顧客の声を分析。宅配サービス導入など具体的な改善策を実行に移し、組織的に顧客満足度を高めている。

オルビスの顧客対応力

通販業界の顧客満足度調査で3年連続トップのオルビス。コールセンターのオペレーターがCRMシステムを駆使し、顧客との会話から得た情報をマーケティングに活用している。

顧客に最上級のサービスを提供するポイント

  • 顧客になりきって「旅」をする(カスタマージャーニー活用)
  • センサー導入による現場改善
  • 予測アルゴリズムで未来を見据える
  • 顧客の声を科学的に分析する

批評

良い点

本書の最も優れている点は、「おもてなし」という日本的な美徳を、感覚や経験だけに頼るのではなく、科学的・工学的アプローチによって体系化しようとした点にある。星のや軽井沢の接客改革をはじめ、がんこの仲居センサーや調理場シミュレーター、MonotaROのA/Bテスト、フリューのプリクラ改善など、具体的な事例を多角的に紹介することで、サービス業から製造業まで幅広い業種における「データ活用の成功例」が描かれている。単なる理論ではなく、現場での実践を通じて成果が数値化され、顧客満足度や売上の向上につながっている点は非常に説得力があり、読者に「データと人の感性の融合」の可能性を強く印象づける。

悪い点

一方で、課題も明確に存在する。紹介される事例の多くが「成功例」に偏っており、失敗や試行錯誤のプロセスにはほとんど触れられていない。そのため、読者は「データ分析さえ導入すればうまくいく」と安易に誤解してしまう危険がある。また、顧客満足度や売上向上といった短期的な成果が強調される一方で、従業員のモチベーションや働きがいへの影響については深く論じられていない。特に接客現場では、数値で測れない「人間らしさ」や「心配り」も重要であり、工学的アプローチが過度に強調されることで、逆に画一化や冷たい印象を生むリスクも否定できない。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「経験や勘に依存していた領域にこそ、科学的な手法を導入する余地がある」ということだ。センサーやアルゴリズムを活用すれば、これまで見過ごされてきた非効率や顧客の潜在的な不満を浮き彫りにし、改善の糸口をつかむことができる。さらに重要なのは、そのデータを単なる「管理のための数値」として扱うのではなく、現場で働くスタッフの成長や顧客体験の向上に結びつける視点である。顧客の声を無条件に受け入れるのではなく、科学的に分析し、改善につなげる姿勢もまた、持続的なサービス向上には欠かせない要素だと気づかされる。

結論

総じて本書は、サービス業や製造業を問わず、「おもてなし」や「顧客満足」といった曖昧な概念を数値やデータに落とし込み、改善の手段とする道を提示した点で高く評価できる。日本が得意とする細やかな気配りと、グローバルに求められる科学的合理性を結びつけることこそが、これからの時代の競争力となるだろう。ただし、データ化の裏側で「人間的な感性」が失われてしまっては本末転倒である。結局のところ、科学と感性の両輪をどう調和させるかが、未来の「おもてなし」の質を決定づけるのだ。本書はその可能性と課題を同時に示す、現代的な示唆に富む一冊といえる。