著者:マシュー・ディクソン、ブレント・アダムソン、三木俊哉(訳)
出版社:海と月社
出版日:2015年11月02日
不況が「営業の常識」を揺さぶった
2009年初頭、世界を襲った不景気は、「営業」という概念を根本から見直すきっかけとなった。顧客が買い渋り、小さな契約すら取りづらい状況の中でも、確実に成果を上げる販売員がいた。著者はその秘密を探るため、販売員の生産性について調査を開始した。そして、従来のイメージを覆す結果を得た。
営業は5つのタイプに分類できる
販売員は、次の5タイプに分けられることがわかった。
- ハードワーカー(勤勉タイプ)
- チャレンジャー(論客タイプ)
- リレーションシップ・ビルダー(関係構築タイプ)
- ローンウルフ(一匹狼タイプ)
- リアクティブ・プロブレムソルバー(受動的問題解決タイプ)
どのタイプも平均的な成果は出せるが、ハイパフォーマンスを発揮できるのは一部のタイプだけだった。
「関係構築型」営業の限界
従来、理想の営業スタイルとされてきたのは「関係構築型」だった。顧客との友好的な関係を築き、緊張をほぐして契約へ導く。しかし調査によると、ハイパフォーマーの中でこのタイプはわずか7%しかいない。
特に、複雑な商品を組み合わせて提案する「ソリューション営業」では、ほとんど力を発揮できない。
真に成果を上げるのは「チャレンジャー」
一方で、高い成果を上げていたのは「チャレンジャー」タイプだった。彼らは顧客との間に建設的な緊張を生み、ときには厳しい判断を迫る。これにより信頼を獲得し、景気に左右されず成果を出す。
複雑なソリューション営業のハイパフォーマーのうち、54%がチャレンジャーだった。
ただし「一匹狼」タイプも高い成果を出すことがあるが、再現が難しく、組織での管理も困難だ。営業組織としては、「チャレンジャー」のノウハウを取り入れることが最も効果的といえる。
「チャレンジャー」を特徴づける3つの能力
チャレンジャーには次の3つの能力がある。
- 指導(Teaching)
- 適応(Tailoring)
- 支配(Taking Control)
この中でも最も重要で、他タイプと差をつけるのは「指導」である。
営業体験こそが顧客ロイヤルティを決める
顧客が重視するのは、ブランドや製品よりも「営業体験」である。調査によると、顧客ロイヤルティの要因のうちブランドや製品が占めるのは38%に過ぎない。顧客は「どの会社の製品も同じ」と考えているからだ。
特に評価される営業体験は次のようなものだ。
- 市場に対する独自の価値ある視点を提供してくれる
- 複数の選択肢を検討する手助けをしてくれる
つまり顧客は「買いたい」のではなく、「知りたい」のだ。
ニーズを「聞く」のではなく「教える」
従来の営業は、顧客のニーズを質問して引き出すことを重視してきた。しかし、顧客自身がニーズを自覚していない場合が多い。
これからの営業に必要なのは、質問力ではなく、教師として顧客を指導する力である。
ここで重要なのが、契約成立に直結する「商談直結型の指導」だ。
商談直結型の指導のルール
商談直結型の指導にはいくつかの原則がある。
- 自社の強みにつながる問題を提起すること
- 顧客の仮説を覆すこと
- 行動を促すこと
- 他の顧客にも展開できる内容であること
特に重要なのは、顧客に「そんなことは考えもしなかった」と気づかせることだ。単なる同意を得るのではなく、内省を促すことがポイントとなる。
指導的な営業会話の6ステップ
商談直結型の指導は、以下の6段階で進める。
- 地ならし – 市場や競合の課題を示し、知見をアピール
- 再構成 – 顧客が気づいていない新しい視点を提示
- 裏づけ – 提示した視点をデータや事例で補強
- 心をゆさぶる – 話術で顧客の感情に響かせる
- 新しい方法の提示 – 解決策を提示(まだ自社製品は出さない)
- ソリューションの提示 – 自社が最適な解決策を提供できると示す
特に②「再構成」が肝心で、ここで顧客の認識を覆せるかが勝敗を決める。
適応:役割に合わせたメッセージを届ける
現代の営業では、顧客の意思決定プロセスが複雑化している。重要なのは、意思決定者に影響を与えるインフルエンサーを動かすことだ。
従来の営業では「インフルエンサー → 販売員 → 意思決定者」だった情報の流れが、チャレンジャーモデルでは「販売員 → インフルエンサー → 意思決定者」と逆転する。
役割や個人の目的に合わせてメッセージを変えれば、顧客から「価値ある情報提供者」として信頼を得られる。
支配:主導権を握る勇気を持つ
「支配」は攻撃的になることではない。価格競争に陥らず、価値に基づいた交渉を主導する姿勢を意味する。
顧客に提供する価値への自信がなければ、安易な値下げや情報提供だけで終わってしまう。
チャレンジャーは「顧客にとって何が重要かを再確認する」「値下げの理由を問う」などのテクニックで、価格ではなく価値の議論に引き戻す。
組織でチャレンジャーを育てる
チャレンジャー営業は個人の才能任せではなく、組織的な準備と計画が必要だ。
特に営業マネジャーは、次のような役割を担う。
- コーチングで既存のスキルを強化する
- 営業イノベーションを起こし、新たな価値を発掘・共有する
さらにマーケティング部門との連携も不可欠だ。顧客中心ではなくインサイト中心の発想に切り替え、
「なぜわが社から買うべきか」の答えを示す必要がある。
批評
良い点
本書の最大の強みは、従来の営業に関する常識をデータで覆し、新しい成功モデルを提示している点にある。これまで「顧客との関係構築」が王道とされてきた営業の世界において、著者は大規模な調査を通じて「チャレンジャー」タイプこそが複雑化した現代の営業環境で成果を上げると明らかにする。この発見は単なる理論ではなく、実証的なデータに基づいているため説得力がある。また、「チャレンジャー」の特徴を「指導」「適応」「支配」という3つのスキルに整理し、それを実際の商談プロセス(地ならし、再構成、裏づけ、心を揺さぶる、方法提示、ソリューション提示)として具体化している点も秀逸だ。読者は抽象的な概念にとどまらず、実践に移せるフレームワークを得られる。さらに、営業マネジャーやマーケティング部門の役割まで踏み込んだ議論は、個人のスキル論にとどまらず組織変革の指針としても活用できる。
悪い点
一方で、本書にはいくつかの課題もある。まず「チャレンジャー」こそが優れているという主張がやや単線的で、他のタイプの可能性を十分に掘り下げていない印象を受ける。実際、ハイパフォーマーには「ローンウルフ」も多いと述べながら、その成功要因や再現性にはほとんど触れない。また「チャレンジャー」のアプローチは、強い自信と高い知識レベルが前提となるため、若手営業や経験の浅い人材には実践が難しい可能性がある。顧客に「再構成」を迫る場面では、関係を損なうリスクも高く、現場の心理的ハードルが想定以上に大きいだろう。さらに、米国を中心としたB2B市場を前提とした分析であり、日本の商習慣や意思決定プロセスにどこまで適合するかは慎重な検討が必要だと感じる。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、「営業は顧客の言うことを聞くだけでは不十分」ということだ。顧客は必ずしも自分の課題を正確に理解していないため、質問力ではなくインサイトの提供こそが差別化の鍵となる。顧客に「そんな発想はなかった」と思わせる再構成力が、競争の激しい市場での優位を生む。さらに、営業活動は個人のカリスマに依存するものではなく、組織的な準備とナレッジ共有によって強化できるという視点も重要だ。マーケティング部門がインサイトを中心に据え、営業マネジャーが現場の指導と革新を担うことで、組織全体の競争力を高められる。つまり、営業を「属人的な技術」から「再現可能なシステム」へ進化させるべきだというのが、本書の核心的なメッセージである。
結論
本書は、従来の営業像を刷新し、複雑化したB2B取引の時代に適した実践的な戦略を提示する意欲的な一冊である。データに裏づけられた分析と、行動に移せる具体的なステップが魅力的で、営業職だけでなくマネジメント層やマーケターにとっても大きな示唆を与える。ただし、その導入には組織的な支援と文化の変革が不可欠であり、個人レベルで安易に真似するのは難しいだろう。読者はこの本を、即効性のあるマニュアルとしてではなく、営業の本質を問い直し、組織全体の成長をデザインするための戦略書として読むべきだ。そうすれば、単なる「営業のノウハウ本」を超えて、競争力の源泉を再構築する強力な指針となるはずだ。