Uncategorized

「なぜ、メルセデス・ベンツは選ばれるのか?」の要約と批評

著者:上野金太郎
出版社:サンマーク出版
出版日:2015年04月10日

メルセデス・ベンツのブランドイメージと挑戦

メルセデス・ベンツといえば、世界トップクラスの高級大型セダンや、成功者が乗るクルマという印象が強い。しかし、日本では低価格競争が激化し、「高級車のマーケティングだけでは売れない」という危機感から、著者は新しい顧客との接点づくりに挑んだ。イオンモールでの展示など、従来のメルセデス流とは異なる販売戦略を進めていった。

広告の常識を覆したメディア戦略

2011年に登場した「メルセデス史上、最高傑作のC。」というCMは、保守的だった広告のイメージを一新した。新しい挑戦には反対も多かったが、著者はブランドを守る覚悟と綿密な計画のもと、試行錯誤を重ねた。

メルセデスが売るのはクルマではなくライフスタイル

メルセデスは幅広い選択肢を提供し、さまざまな人のライフスタイルに合った提案を行う。これが、従来のイメージにとらわれないCMやプロモーションの背景となっている。

ブランドを守りながら進化する戦略

販売目標は重要だが、顧客満足を損なえばブランドは壊れる。メルセデスは「変えてはならない部分」と「変えるべき部分」を見極め、100年以上続くブランドを進化させている。

クルマを売らないショールームの挑戦

著者は「メルセデス・ベンツ・コネクション」という、購入目的がなくても訪れられるショールームを企画した。資金や震災による工事遅延などの困難を乗り越え、予定通りオープンさせ、世界40カ所に広がる成功を収めた。

入社から学んだ「メルセデスな流儀」

著者の四半世紀は、徹底的な現場経験の積み重ねだった。営業部で輸入から販売までを体得し、ドイツ本社ではプレッシャーの中で働くことで「仕事の背骨」を形成した。

目標にプラスアルファを加える文化

メルセデスでは目標達成直前に追加の「タスク」を課し、最大限のパフォーマンスを引き出す。著者も部下に徹底的な思考と改善を促している。

戦略を空論にしないための現場感覚

マネージャーとなった著者は、日常の中で生活者の視点を磨き続けている。現場から離れない嗅覚を養い、実感のある戦略づくりを重視している。

根拠ある挑戦と周到な準備

大胆なアイデアも、合理的な根拠と綿密な調査が不可欠。著者は反対意見を想定した理論武装を重視し、準備を徹底することで成功に近づけると考えている。

不測の事態をチャンスに変える思考

困難に直面したときも「できる方法を探す」姿勢を貫く。不調時こそ新しい挑戦の好機ととらえ、発想を転換して突破口を開く。

成功に慢心せず、失敗から学ぶ

成功の貯金はできない。著者は常に確認を怠らず、失敗の原因を徹底分析することで次の挑戦へつなげている。

数字で考えるビジネスの起承転結

仕事では「お金の使用前と使用後」を常に意識。目標設定からコスト管理、トラブル対応まで、数字をもとにストーリーを描く重要性を説いている。

若手に与える挑戦の機会とプレッシャー

能力のある若手には大きな挑戦を与える。異なる部署への異動も奨励し、多様な経験から新しい視点を組織に取り入れる文化をつくっている。

「Something Special」を届けるブランドへ

メルセデスは、相手の立場に立った特別な体験を提供することを重視している。小学生への手紙でも、名前を文章に入れるなど細やかな工夫で特別感を演出した。

批評

良い点

本書の最大の魅力は、メルセデス・ベンツという世界的高級ブランドが日本市場で直面した課題と、それを乗り越えるための大胆なマーケティング・経営戦略を、具体例を交えて語っている点です。著者は「高級車=成功者の象徴」という固定観念を打破し、イオンモールでの展示や「クルマを売らないショールーム」など、従来のメルセデス像から逸脱する試みに挑戦しました。単なる成功談ではなく、東日本大震災による資材搬送の停止や本社説得のためのドイツ出張など、困難をどう突破したかを描くことで、現場感と説得力が生まれています。また、ブランドの核を守りつつ変革を起こす「変わらずに変わり続ける」という哲学は、マーケティングにとどまらず、ビジネス全般の普遍的な指針として響きます。

悪い点

一方で、全体的に著者個人の体験談に寄りすぎており、読者によっては内輪の武勇伝のように感じる場面があります。メルセデス・ベンツという特異なブランド環境に依拠した事例が多く、他業界の読者が自分のビジネスに直接応用するにはやや距離を感じるかもしれません。また、成功体験が強調される反面、失敗から得た学びの描写はやや淡白で、「なぜその戦略が他の選択肢より有効だったのか」という理論的背景が不足する部分もあります。さらに、細かいエピソードが多いため、全体の流れがやや散漫になり、著者のメッセージが一本の太いストーリーとして読者の記憶に残りにくい点も惜しいところです。

教訓

本書から学べる最も重要な教訓は、「ブランドの本質を守りながら変革を恐れない」姿勢と、「挑戦には周到な準備と合理的な根拠が不可欠」という二点です。周囲の反対があっても、徹底した調査と論理武装を行えば大胆なアイデアを実現できることを、ショールーム構想や広告戦略が示しています。また、「目標にプラスアルファを課して最後にもう一歩成長を引き出す」マネジメント手法や、現場感覚を失わないために日常の小さな観察を積み重ねる姿勢は、どの業種のビジネスパーソンにも応用できる実践的なヒントです。さらに、不調時こそ新しい挑戦ができるチャンスであるという逆転の発想は、困難な局面に立つリーダーに勇気を与えるでしょう。

結論

総じて本書は、メルセデス・ベンツという伝統ブランドを革新へと導いた実践記録であり、マーケティングやブランド戦略の教科書というよりも「挑戦するリーダーの思考法」を伝えるビジネス回顧録です。特に、既存のルールに安住せず、顧客接点を再定義していく姿勢は、日本市場に閉塞感を抱く読者に刺激を与えるはずです。一方で、理論的な体系性や他業種への応用例がもう少し補われていれば、より汎用性の高いビジネス書になったでしょう。それでも、変革の本質やリーダーの覚悟を知りたい人には、読み応えがあり、挑戦を後押しする良書といえます。