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「ニコニコ哲学 川上量生の胸のうち」の要約と批評

著者:川上量生
出版社:日経BP
出版日:2014年11月18日

経営統合の真意と川上氏の姿勢

2014年10月に経営統合したKADOKAWAとドワンゴだが、誰しもその経営統合の真の狙いをよく理解できない状況にある。それもそのはず、川上氏自身が「よくわからない」と、冗談なのか本気なのかわからない調子で述べるのである。

しかし、川上氏の独自の理論によると、みんなが何をすれば良いのかわからない状況だということは、競争相手もいないため、独自のポジションを確立できる、ということだ。また、よくわからない方がやれることが色々あり選択肢が広がる、という。その「おもしろさ」に可能性を見出し、KADOKAWAとドワンゴの経営統合に踏み切った。

コンテンツとプラットフォームの両立

KADOKAWAとドワンゴの経営統合にあたって、「コンテンツ・プラットフォームを両方提供するモデルがベスト」と記者会見で発言した川上氏。

アマゾンやApple、Googleといった海外プラットフォームが値下げ戦略をとる一方で、任天堂のようにプラットフォームとコンテンツを両方提供するモデルが強みを持つ。川上氏は「誰もやらない大変なことにこそビジネスチャンスがある」と語り、IT業界に苦言を呈した。

ドワンゴのユニークな勤務改善策

自由な勤務体系により午前中に出社するエンジニアが少なくなったため、川上氏は「女子マネ弁当」という企画を発案した。体操や手書きメッセージ付きのお弁当で、午前10時前の出社率を大幅に改善した。

ニコニコ動画のUI戦略

ニコニコ動画では、あえて使い勝手の悪いUIを先につくり、改善と同時に機能拡張する手法を取る。また、「時報」や「ニコ割ゲーム」といった一見迷惑なコンテンツも提供してきた。ドワンゴはクレーム対応を基本的に行わず、ユーザーに「しょうがないな」と思わせることで自由度を確保している。

文系と理系の論理の違い

川上氏は、文系と理系の対談がうまく進まない理由を考察し、「文系は結論ありきで論理を使い、理系は真理追求のために論理を使う」と説いた。どちらにも一長一短があり、危険性や有用性があると述べている。

「夢」を持つことの不幸

川上氏は「夢を持て」という価値観に批判的で、「夢とは容易に実現できず、長く満たされない欲求」であると定義する。したがって夢を持つことは「常に不幸を抱えていること」となるという。

経営者としての葛藤

経営者になった川上氏は「自分は性格がいい」という自己認識が崩れたという。社員に厳しい判断を下す必要があり、自分は経営者に向かないと語る。リーダーとして振る舞うことに快感を得る人物こそが経営者にふさわしいとする。

会社と社会的意義の関係

「世の中のためになることをする」と語るのは欺瞞だと川上氏は語る。会社は生存が第一であり、正義や使命感を掲げると矛盾に陥る。ドワンゴでは「ニコニコ宣言」を通じて、社会の変化の中でも人間性を追求する姿勢を示している。

批評

良い点

本書の魅力は、川上氏が従来の経営論やビジネス常識に挑戦し、意図的に「わからなさ」や「困難さ」を戦略として活用する発想を示した点にある。KADOKAWAとドワンゴの統合が「誰にもすぐに理解されないほうが面白い」という姿勢は、予測可能性を拒み、意外性や独自性にこそビジネスの可能性を見出す思想として新鮮だ。また、任天堂の事例を引き合いに出し、「プラットフォームとコンテンツの両方を手がける」難しさを肯定的に捉える点は、競争力の本質を鋭く突いている。さらに、ドワンゴの勤務改善策「女子マネ弁当」や、あえて不便なUIをつくり改善を繰り返す手法など、型破りだが結果に結びついた実験的アプローチが豊富に紹介されており、創造性と挑戦精神を感じさせる。

悪い点

一方で、川上氏の言葉や姿勢には危うさも見える。「クレーム対応をしない」「ユーザーを諦めさせる」といった方針は、短期的にはサービスの独自性を支えるが、長期的には顧客離れや信頼喪失につながるリスクが高い。また、「夢は人を不幸にする」という断言的な見解や、「自分は経営者に向いていない」と公言する姿勢は、挑発的ではあるが極端に響く部分もある。読者にとっては、川上氏の発言がどこまで本気でどこまで冗談なのか判別がつきにくく、経営哲学としての一貫性や説得力に欠けると感じる可能性もある。加えて、「女子マネ弁当」のような取り組みはユーモラスだが、現代的な価値観からは性差別的な視点やジェンダー感覚の欠如として批判されうる。

教訓

本書から得られる教訓は、ビジネスにおいて「常識に従うこと」や「簡単なことを選ぶこと」が必ずしも成功に結びつかないという点である。むしろ、「誰もやらない困難」や「説明のつかない挑戦」にこそ、新しい可能性が隠れている。ドワンゴが意識的に「不便さ」「迷惑さ」を仕込み、そこから独自の文化を育んだことは、顧客との関係性を再定義する試みとして示唆に富む。また、文系と理系の論理観の違いに着目し、それぞれの限界と役割を見極める視点は、現代の複雑な社会で異なる思考法を融合させる必要性を教えてくれる。さらに「夢」という言葉を問い直す視点は、理想に囚われることの危険を示唆し、現実的な自己理解や生存戦略を重視する姿勢を学ぶことができる。

結論

本書は、川上氏の奔放で独創的な発想を通じて、既成概念を揺さぶり、読者に「経営とは何か」「会社とは何を目指すのか」を再考させる挑発的な一冊である。その内容はしばしば極端で、論理よりも直感や遊び心に重きが置かれているが、それゆえに型通りの経営書にはない刺激を提供している。ビジネスや経営に万能の正解は存在せず、むしろ「おもしろさ」や「難しさ」をいかに自分なりに楽しめるかが、組織や個人の原動力になるのだと川上氏は語る。賛否は分かれるが、その尖った言葉の背後には「生存と独自性をいかに両立させるか」という普遍的な課題が潜んでいる。読者は川上氏の極端さをそのまま真似する必要はないが、自らの領域における「誰もやらない困難」を見出すための思考のヒントとして受け止める価値がある。