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「ビジネスモデル・エクセレンス ハイアールはなぜ白物家電の王者になれたのか」の要約と批評

著者:ビル・フィッシャー、ウンベルト・ラーゴ、ファン・リュウ、松本裕(訳)
出版社:日経BP
出版日:2014年12月15日

1970年代の中国家電市場の誕生

1970年代の中国では、家電の国内市場はほとんど存在していなかった。しかし需要が高まるにつれて、多くの地方自治体が独自に企業を立ち上げるようになった。1978年に20社しかなかった国内家電メーカーは、1985年には115社に増加した。だが製品の品質は低く、供給不足のため価格は高騰していた。

青島冷蔵庫と帳瑞敏の登場

山東省青島市が管理する冷蔵庫工場「青島冷蔵庫」も、品質や労働意欲の低さで知られていた。経営は危機に陥り、新技術の導入も停滞していた。ここで登場したのが、若き役人の帳瑞敏(チャン・ルエミン)である。彼はドイツ・リープヘル社から生産ラインを導入し、自ら工場長に就任した。これが「ハイアール」の始まりである。

品質第一への決断と象徴的な出来事

帳は「品質で差別化されたブランドを築けば競争力を持てる」と信じていた。1985年、不良品冷蔵庫の返品をきっかけに、在庫400台を調べたところ20%が欠陥品と判明。帳は従業員に命じ、76台の低品質冷蔵庫を公衆の面前でハンマーで破壊させた。この出来事により、ハイアールと「品質」のイメージは強く結びついた。

OECプロセスの導入と企業文化改革

従業員のやる気の低下に直面した帳は、1989年に「OECプロセス」を導入。日々の業績を評価と報酬に結びつけ、自己管理と実力主義を促す仕組みを整えた。これにより企業文化は大きく変化した。

吸収合併と社名変更

業績を伸ばした青島冷蔵庫は、政府の要請で破綻寸前の企業を次々と吸収。冷凍庫、洗濯機、エアコン、テレビなどへ製品を拡大し、1991年に「ハイアール・コーポレーション」と社名を改めた。

WTO加盟を見据えた経営改革

1990年代後半、帳はハイアールを顧客中心の企業へと変革させた。中国のWTO加盟に伴う競争激化を予測し、ピラミッド型の組織をネットワーク型へ転換。顧客を組織の頂点に据えた逆三角形の構造を導入した。

ZZJYTの導入と自律的組織

帳は自律的事業ユニット「ZZJYT(自主経営体)」を設立。小さな会社のように独立して経営判断ができるチームで、製品開発から販売、アフターサービスまでを担った。さらに第一階層と第二階層のZZJYTが契約を交わす仕組みにより、内部を市場のように機能させた。

従業員を起業家に変える仕組み

ZZJYTは従業員を自律的な起業家へと変身させた。従業員は「仕事を与えられる」のではなく、「仕事を見つけるチャンスを得る」存在となった。これにより、個人の能力が直接成果につながる自由市場型の組織が実現した。

世界最大の白物家電メーカーへ

ZZJYT導入後、ハイアールは世界最大の白物家電企業に成長した。さらに2012年には新たなビジネスモデルを模索するなど、常に自己革新を続けている。

ハイアールの信念と人材活用

ハイアールの物語を貫くのは「人材の能力と成果を結びつける」という信念である。企業文化を再構築し、従業員の才能を最大限に活用することこそが競争優位の源泉であった。

現在の評価と教訓

ハイアールは中国で人気の就職先となり、大学生が選ぶ「最高の雇用主トップ50」にもランクインしている。他社と異なるのは人材の活かし方であり、成功を支えたのは製品ではなく人材そのものであった。この歴史から学べる教訓は、世界中の経営者にとって共通の課題解決に応用できるだろう。

批評

良い点

本書の最も優れた点は、ハイアールの変革の歴史を単なる企業の成功物語として描くのではなく、中国の社会経済的背景と結びつけて提示していることである。1970年代末の家電市場の未熟さから始まり、供給不足と低品質が当たり前であった時代に、張瑞敏が品質重視の経営を導入した点は極めて革新的であった。特に、400台の在庫冷蔵庫を公開の場で破壊するという行為は、象徴的な出来事として企業文化を一変させ、品質こそがブランドの基盤であるというメッセージを社会に強く印象づけた。また、OECプロセスや逆三角形の組織構造、さらにはZZJYTという自律的ユニットの導入に至るまでの経営革新のプロセスを詳細に描写することで、経営学的な視点からも大きな示唆を与えている点が評価できる。これらは単にハイアールの成功に留まらず、成熟産業における差別化戦略の具体的な実践例として広く参考になり得る。

悪い点

一方で、本書の弱点は、成功に至る過程の困難や反発についての記述が比較的薄い点にある。例えば、従業員が初めてOECプロセスに直面した際の抵抗や、ZZJYTが導入される過程で生じた具体的な軋轢についてはほとんど触れられていない。そのため、実際の現場における葛藤や試行錯誤が伝わりにくく、理想化された物語として受け取られがちである。また、組織改革やブランド戦略の成果を強調する一方で、品質管理の限界や市場競争の現実的な課題には十分に踏み込まれていない。経営の革新は必ずしも一方的な成功だけで語れるものではなく、失敗や修正の積み重ねが不可欠であるはずだが、その全体像が見えにくい点は批評家として問題視せざるを得ない。

教訓

それでも本書が伝える教訓は明快である。第一に、ブランドの基盤は製品の品質にあるという普遍的な原理であり、これはどの時代、どの市場においても通用する。第二に、従業員の能力を成果と結びつける仕組みをつくることが、組織の競争力を高める最良の方法であるという点だ。張瑞敏は、従業員に「与えられた仕事」をこなさせるのではなく、「自ら市場で仕事を獲得する主体」として位置づけた。これによって従業員一人ひとりが起業家的な精神を持つことを可能にしたのは、現代の働き方改革や人材活用の観点からも極めて先進的である。さらに、組織を顧客中心に再構築するという逆三角形モデルは、縦割り構造に陥りがちな大企業にとって、顧客価値を最優先するという原則を再確認させる重要な示唆となる。

結論

総じて本書は、ハイアールという一企業の発展史を超え、経営と人材の関係性を根底から問い直す一冊である。経営者や組織改革を志すリーダーにとって、品質への徹底的なこだわり、従業員の主体性を引き出す仕組み、顧客を中心に据えた柔軟な組織構造といった原則は、時代や地域を問わず応用可能な普遍的教訓となり得るだろう。ただし、成功の裏に隠された葛藤や失敗が省略されがちな点を踏まえると、読者は本書を一方的な成功譚として受け止めるのではなく、そこから自らの組織に適した形で応用する視点を持つことが必要である。ハイアールの物語は、変化の時代を生き抜くための指針として強い説得力を持つと同時に、批判的に読み解くことでさらに深い価値を見いだせるだろう。