Uncategorized

「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」の要約と批評

著者:小倉広
出版社:日経BP
出版日:2014年08月12日

ほめてはいけない

部下が難易度の高い目標を達成したとする。上司として、どんな言葉をかけるべきか。

①「よくやった!」とほめる
②「すごいなあ」と感心する
③「チームのためにありがとう」と感謝する

一般的には①の「ほめる」が正解と考えられているが、アドラー心理学ではほめることを否定する。ほめるとは「上から目線」の行為であり、相手の自律心を阻害し、依存型の人間を生むからだ。

アドラー心理学では②や③を「横から目線」の「勇気づけ」と区別する。これは評価や支配ではなく、主観や感想、感謝を伝える姿勢である。

例えば野菜嫌いの子どもがサラダを食べたとき、親が「偉いね」とほめるのはコントロールの一種だ。代わりに「おいしそうだね」「私も食べたくなった」と伝えるのが勇気づけである。

成果に対しても同じで、「偉いぞ!」とほめるのではなく、「生き生きと仕事をしているね」「チームを助けてくれてありがとう」といった表現が望ましい。

叱ってはいけない

部下が目標を60%しか達成できなかった場合、どのように声をかけるべきか。

①「60%じゃだめだ」と叱る
②黙って何も言わない
③「成果は出なかったけれど、やり方は良かったね」とプロセスに注目する
④「60%はできたね」とできた部分に注目する

勇気づけとなるのは③と④である。叱責や無視は「勇気くじき」となり、困難を克服する力を奪ってしまう。

効果的なのは「主観伝達」と「質問」である。例えば「この観点に気をつけるといいかもしれません。どう思いますか?」と伝えることで、部下が自分で考える力を養う。

また、原因分析ばかりに注目すると「犯人探し」となり、職場を暗くする。代わりに「次に同じ問題を防ぐにはどうするか」と解決策に集中させることが、勇気づけにつながる。

教えてはいけない

「部下が指示待ちになる」原因は、上司が会議や仕事を独占し、教えすぎることにある。

主体性を育てるには、課題の答えを直接教えるのではなく、「空白」をつくり、部下に自分の頭で考えさせることが重要だ。基本は「支援応需」であり、部下が「教えてください」と求めたときに初めて応じる。

「どうしたらいいですか?」と聞かれたら「あなたはどうしたいの?」と返す。質問に質問で返すことで、部下の思考力を鍛えることができる。

「自然の結末」を体験させる

人は失敗からしか深く学べない。忘れ物をする子どもには叱るのではなく、そのまま経験させる。部下においても同じで、会議に遅れる人は放っておき、困るのは本人だと学ばせる。

ただし「事前告知」と「信頼関係」が重要である。突然口出しをやめると「見捨てられた」と誤解されるため、「これからはあなたを信じて見守ります」と伝えておく必要がある。

「ほめない」「叱らない」「教えない」育成の本質は、人を信じることである。期待外れになっても信頼し続ければ、やがて部下が応えようと努力し、成果を出す日が来る。

批評

良い点

本書の最も優れた点は、「勇気づけ」というアドラー心理学の核心的な考え方を、上司と部下、親と子といった身近な関係性に当てはめ、具体例を交えて平易に説明している点である。従来の「ほめる・叱る・教える」といった従来型のマネジメントや教育手法を相対化し、それがいかに上下関係の固定化や自律性の阻害につながるかを説得力をもって提示している。また、「自然の結末を体験させる」や「支援応需」といった概念は、単なる理論にとどまらず実践のヒントを与えるものであり、特にリーダーシップ論や人材育成に悩む読者にとって新しい視点をもたらす点は高く評価できる。

悪い点

一方で、本書の主張は一貫して「ほめる・叱る・教える」を否定するあまり、極端に振れすぎている印象を与える。たとえば、ほめることをすべて「上から目線の支配」と断じる姿勢は、文化的・状況的な違いを無視しているとも言える。現実の職場や家庭においては、適切な賞賛や叱責が相手のやる気を高めたり、秩序を保つために必要な場合もあるだろう。また、「原因分析をやめる」という提案は確かに勇気くじきを避ける効果はあるが、場合によっては問題の再発を防ぐ具体策を見落とす危険もある。理想論としての光は強いが、現実の複雑さに十分対応できているかには疑問が残る。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「人は自分の意思と体験からしか本当の成長を遂げられない」という普遍的な真理である。上司や親が過度に介入し、評価・叱責・指示で行動をコントロールしようとすることは、一見効率的に見えても長期的には依存心を育み、自律性や主体性を削いでしまう。逆に、信頼し、任せ、失敗も含めて体験させることで、本人は困難を克服する勇気と自律的な問題解決能力を身につけていく。つまり、人を育てるということは「支配」ではなく「信頼」に基づくものであり、勇気づけの姿勢こそが健全な成長を導くという点が重要な学びとなる。

結論

総じて本書は、従来型のマネジメントや教育に違和感を持つ人々に強い刺激を与える良書である。「ほめない・叱らない・教えない」という極端なキャッチフレーズの背後には、人を信じ、勇気を与え、失敗も含めた体験を尊重するというアドラー心理学の本質がある。ただし、実践にあたっては現実の状況や文化に応じて柔軟に解釈する必要がある。全否定ではなく、「どのようにほめるか」「どのように叱るか」「どのように教えるか」といったバランス感覚を磨くことで、本書の思想はさらに生きた知恵となるだろう。リーダーや親としての姿勢を問い直す一冊として、多くの人に一読の価値がある。