著者:岩瀬昇
出版社:文藝春秋
出版日:2014年09月20日
2013年の貿易赤字とLNG輸入の背景
2013年、日本の貿易赤字は約11.5兆円にのぼったが、この主因はLNGスポット輸入である、とされている。2011年3月11日に起きた東日本大震災により、全国の原子力発電所は運転停止に追い込まれ、その代替燃料として電力会社はLNGを購入しているのだが、このLNGの輸入価格が他の国が買っているものより高いのである。それは何故か? その答えを得るためには、日本のLNG輸入の歴史を見る必要がある。
公害対策としてのLNG導入
日本のLNG購入量は1969年より急増したが、その主な理由は公害対策であった。当時、光化学スモッグによる大気汚染や水俣病、イタイイタイ病といった公害病が大きな社会問題となっており、公害対策として人体に直接の悪影響をもたらす硫黄分および窒素分の排出量増加をいかに抑えるか、という点に焦点が絞られた。液化天然ガスであるLNGは、原油よりも硫黄分、窒素分が少なく、公害対策の救世主として輸入が必然的に増えていった。そして、LNGは原油の代替燃料であったため、価格は原油価格にリンクすることとなった。
世界のガス市場の三極構造
もともとガス市場は、アメリカを中心とする北米圏、ヨーロッパ諸国を中心とする欧州・ロシア・北アフリカ圏、日本を中心とするアジア・オセアニア圏の3つの地域がほぼ独立して存在していた。従って、地域間の価格関連性は低く、日本向けが原油価格にリンクし、欧州は重油や軽油価格にリンクし、アメリカは純粋に国内需給要因によって価格が決まる仕組みとなったのである。
日本向けLNG価格が高い理由
2005年くらいまでは各地域の価格はそれなりの類似性をもった動きをしていたが、その後原油価格の高騰により、日本向け価格が独歩高となっている。また、日本の電力会社は、公益企業として「絶対に停電を発生させてはいけない」という使命を帯びている。従って、LNGの安定供給は絶対条件であり、LNGを産出する設備は設計段階から安全係数を高くとり、少々のことでは生産量がぶれないように建設されている。
一方トリニダード・トバゴ等のLNGは安定供給の義務がなく、生産された分だけ売るというコンセプトで作られているため、安全係数はほぼゼロであり、よって建設およびオペレーションコストを下げ、安いLNG供給が可能となっている。以上の2点より、日本向けLNG価格は他の地域と比べて高いのである。
「資源量」と「埋蔵量」の違い
新聞などで見かけるEIA(U.S. Energy Information Administration)発表のデータは、実は「資源量」であり、「埋蔵量」ではない。それらの違いとは何なのだろうか?
大雑把にいうと、「資源量」とは、地中に存在するすべての炭化水素量のことで、不確実性の高い順に「未発見資源量」、「推定資源量」、「原子資源量」と呼ぶ。EIAが発表しているものは「原子資源量」のうち「技術的に回収可能な資源量」である。「埋蔵量」とは、その「技術的に回収可能な資源量」のうち、通常の方法で経済的な採掘が可能なものを言い、回収可能性の高い順に「確認埋蔵量」、「推定埋蔵量」、「予想埋蔵量」と呼ぶ。
R/P Ratioと埋蔵量の成長
現存埋蔵量(Reserve)を生産量(Production)で除した数値をR/P Ratioという。あと何年くらい持つのだろうか、という目安になる数値だ。例えば四十数年前、世界全体のR/P Ratioは大体30だったが、現在では50年強となっている。
これは技術革新や価格高騰により、従来は採掘困難だった資源が「確認埋蔵量」として扱われるようになったためである。シェールガスやシェールオイルの経済化、二次回収・三次回収による回収率向上もその要因である。
石油の歴史と戦略物資としての性格
石油の本格的な生産は1859年に始まり、用途は医薬から燃料、戦略物資へと拡大していった。第一次世界大戦以降は軍事的に不可欠な資源となり、その後はセブンシスターズが市場を支配していた。
1973年の第一次オイルショックではOPECが主導権を握り、原油価格は急騰した。1980年代以降はNYMEXなど先物市場の拡大により市場価格が基準となり、石油は一般商品(コモディティ)として扱われるようになった。
しかし非常時には依然として戦略物資であり、イラン・イラク戦争などでは供給の脆弱性が露呈した。
エネルギー消費構造と「第五の燃料」
我々は生命維持に必要なカロリーの100倍以上をエネルギーとして消費している。日本のエネルギーバランスは、原子力4.2%、天然ガス23.3%、石油43.1%、石炭22.0%などで構成されている。家庭での消費は14.2%にすぎず、節電の効果は全体の一部にとどまる。
発電ロスや輸送ロスなどで供給の31%が失われており、効率改善は極めて重要である。効率性は「第五の燃料」とも呼ばれ、省エネ技術は日本が世界に誇れる強みである。今後も技術革新と効率的利用を推進すべきである。
批評
良い点
本書の大きな魅力は、エネルギー問題を単なる数値の羅列や経済的損得の議論にとどめず、その背後にある歴史的経緯、国際情勢、技術革新といった多面的な要素を包括的に描いている点にある。例えば、日本がLNGを高値で輸入せざるを得ない構造的な事情を、公害対策という社会的背景や原油価格への連動性にまで遡って説明していることは、読者に「なぜ今の状況があるのか」を腑に落ちる形で理解させる。さらに、埋蔵量と資源量の違い、R/P比率の変動を通じて資源の「成長性」を示す議論は、エネルギー資源が固定的なものではなく、技術と価格の関係で流動的に変わり得ることを教えてくれる。石油史の叙述においても、戦略物資からコモディティへと変化した経緯を具体的に描き、国際政治や市場メカニズムとの関係を分かりやすく示している。
悪い点
一方で、本書の難点は情報の取捨選択や記述の焦点にある。詳細な歴史的事実や統計的データは豊富であるが、その量が膨大であるため、読者によっては「何を最も強調したいのか」が散漫に映る可能性がある。また、LNG価格の高さの原因を明快に指摘してはいるものの、日本の交渉力や市場多様化の戦略不足といった政策的課題には踏み込みが浅く、現実的な改善策の提示には弱さがある。さらに、専門用語や国際取引制度の仕組みに精通していない読者にとっては、説明のテンポが速く、理解のハードルがやや高い。総じて専門的知識に依存した構成となっており、一般読者層を意識した「かみ砕き」が不足していると言えるだろう。
教訓
本書から導き出せる最も重要な教訓は、エネルギー問題は単なる供給の多寡や価格変動ではなく、国際政治、技術革新、環境問題、そして安全保障の文脈に深く組み込まれているという点である。日本が資源小国として直面する脆弱性は、単に資源を「買う」だけでは解決できず、省エネ技術の高度化や効率的利用、供給源の多様化といった複合的な取り組みが不可欠である。また、戦略物資としての石油や天然ガスは、平時には市場商品であっても、有事には再び安全保障上の「武器」となり得る。したがって、備蓄や権益確保を怠れば、突発的な危機に対して脆弱な立場に追い込まれる危険がある。本書は、日本が持つ省エネ技術をさらに強化し、エネルギー効率を「第五の燃料」として活用する姿勢が、将来の持続的安定に不可欠であることを強調している。