著者:日経ビッグデータ(編)
出版社:日経BP
出版日:2014年12月31日
データサイエンティストという魅力的な職業
グーグルのチーフ・エコノミスト、ハル・バリアン氏は「今後10年間、最もセクシーな職業は『データサイエンティスト』である」と語った。実際、統計やデータ分析の専門家はIT業界やコンサルティング業界で引く手あまたである。ただし、分析が好きなだけでは成果は出ない。業界知識を持ち、経営戦略を語れる分析スペシャリストが求められている。
「超分析」というコンセプト
本書のタイトルに「超分析」という言葉を使ったのは、経営層や業務担当者が分析の素養を身に付けることを意識したためだ。基礎的な分析手法や活用事例を含み、現場で使える「データ分析の教科書」を目指している。
分析方針の第一歩はアウトカムの明確化
データ分析は一言で言えば「比較」である。来店頻度の高い顧客と低い顧客を比べるように、成果指標=アウトカムを明確にすることが重要だ。ビジネスでは、利益につながる売上増やコスト削減に直結する指標を追う必要がある。
解析単位をどう考えるか
アウトカムが定まったら、次は解析単位を設定する。人(WHO)、物(WHAT)、手段(HOW)、時間(WHEN)、場所(WHERE)の観点から切り口を考えるとよい。解析単位は数十〜数百規模でなければ傾向を捉えにくく、また自明なものでは有意義な発見につながらない。
説明変数をデータから表現する
解析単位ごとにアウトカムの大小を説明する要素を「説明変数」と呼ぶ。重要なのは「可能な限りデータから説明変数を表現する」ことだ。購買割合や時間帯比率などを加工し、多変量解析を通じてアウトカムへの寄与度を明らかにしていく。
基本となる分析手法
初心者がまず押さえるべきは「重回帰分析」と「ロジスティック回帰分析」の2つだ。前者は金額や来店回数のような量的データに、後者は「成約した/しなかった」のような質的データに用いる。これにより営業成績や在庫最適化など具体的な改善が可能になる。
部門別での活用事例
本書では、マーケティング、EC、店舗開発、CS、人事など各部門における分析項目・手法も整理されている。現場の業務に即した形でデータ分析を応用できるよう構成されている。
イーグルバスの路線再生事例
埼玉県川越市のイーグルバスは、データ分析を活用して赤字路線を再生した。GPSや赤外線センサーで乗降データを収集し、運行ダイヤや採算を精緻に管理。結果として、人件費や車両費を最適化し、路線事業を立て直した。
セブン&サントリーの缶コーヒー成功事例
セブンプレミアムとサントリーBOSSの共同商品「ワールドセブンブレンドオリジナル」は月間500万本を販売。ナナコデータ分析により、缶コーヒーとセブンカフェの顧客層は異なり、カニバリが小さいことを発見。ブランド力を活かした戦略で市場を拡大した。
日本エスリードのA/Bテスト活用事例
マンション販売を行う日本エスリードは、マーケティングオートメーションを使ったシナリオ型メール配信を実施。A/Bテストを繰り返すことで成約数を2倍にした。ただしターゲット偏重の課題もあり、今後は機械学習API「Prediction API」との連携でさらなる改善を図る予定だ。
批評
良い点
本書の最大の強みは、データ分析を専門家だけの閉じた領域に留めず、ビジネスパーソンにとって実務で使える「武器」として提示している点にある。単なる分析手法の羅列ではなく、「アウトカム」という成果指標の明確化を出発点に据えることで、読者が「何のために分析するのか」を常に意識できる構成になっている。さらに、解析単位を人・物・時間・場所というフレームワークで考える実践的な視点は、分析初心者にとって極めて分かりやすく、思考の幅を広げる。豊富な事例、特にイーグルバスやセブン&アイのケースは、抽象的な理論を現実の経営改善と結び付け、データ活用の可能性を直感的に示している。
悪い点
一方で、本書は初学者への配慮と実務事例の紹介に力点を置いているため、専門的な分析技術の深掘りにはやや物足りなさが残る。例えば、多変量解析の重要性を説きつつも、実際の数式や統計的検証の手順は簡略化されすぎており、専門職を志す読者には不十分に感じられるだろう。また、データ分析の落とし穴や失敗事例に対する記述が少なく、「こうすれば必ず成果が上がる」という過度に楽観的な印象を与える部分もある。さらに「超分析」というタイトルのインパクトに比べ、内容は堅実で基礎的であり、期待値とのギャップを覚える読者もいるかもしれない。
教訓
本書が伝える核心的な教訓は、データ分析は単なる数値処理ではなく、意思決定の質を高めるための「比較」と「解釈」の営みであるという点だ。重要なのはアウトカムを定義し、適切な解析単位を設定し、説明変数を加工して有意義な発見につなげるプロセスである。データが語る真実はしばしば直感や経験に反するため、既成概念に囚われず、データからの示唆を経営戦略に結び付ける柔軟性が求められる。また、分析の目的は利益や効率の向上にあるが、その背景には「顧客や社会にとっての価値創造」という視点が欠かせないことも、各事例を通じて学ぶことができる。
結論
総じて本書は、データ分析の入り口に立つビジネスパーソンにとって格好の手引きとなる一冊だ。高度な数理モデルを使いこなす専門家を目指す本ではないが、日々の業務において「どの指標を見て、どのように改善すべきか」を考えるための道具箱を提供している。その意味で、本書の価値は「分析技術の習得」よりも「分析的な思考習慣を身につける」ことにある。データサイエンスが一部の専門家の領域から組織全体に広がる時代にあって、分析を自分事として捉えるための第一歩を促す本書は、ビジネス社会においてなお重要な意義を持ち続けるだろう。