著者:川北蒼
出版社:総合法令出版
出版日:2014年06月04日
「モノのインターネット」とは何か
「モノのインターネット」とは、消費財や生産財など、あらゆるモノがインターネットに繋がる仕組みを指す。インターネットが「モノに会話させ」「モノを動かし」「モノを作り」「モノを考える」役割を担い始めた。その先駆者はiPhone、iPadを生み出したスティーブ・ジョブズである。iPhoneを契機に、消費財から生産財までが次々とインターネットに繋がり、3Dプリンターやウェアラブル機器などが登場した。農業機械や交通機械もネットサービス型製造業へと変革を進めている。
生産財に広がるメリット
生産財に「モノのインターネット」が普及すると、農業機械の自動運転や故障の予防検知、車両配置の最適化などが可能になる。2020年頃には自動運転車が実現するとされ、車両や信号機、クラウドサービスとの通信がこれを支える。
IT企業の参入と産業への波及
グーグルやアマゾンといったIT企業は、製造から配送までのサプライチェーンを自動化する動きを加速させている。官公庁や流通業、娯楽施設などへも「モノのインターネット」は広がり、顧客の趣向に合わせたサービスが実現している。
スマート工業社会への移行
「モノのインターネット」が進展すると、モノの価値はハードそのものからソフトウェアによるサービスへ移行する。製造業も「モノ販売」から「サービス提供」へと転換が求められる。著者はこれを「スマート工業社会」と呼んでいる。
産業全体のネットサービス化
ウェアラブル肌着など、新しいネットサービス型産業が次々と登場している。一方で、既存産業からの失業や新しいクラウドソーシング産業の勃興など、社会構造の変化も起きている。
消費スタイルの変化
成熟社会では、マズローの欲求階層説における上位欲求が重視される。ソーシャルメディアの流行や自己実現の欲求が、個性的なサービス多様化の需要を生んでいる。さらに、クラウドコンピューティングやビッグデータの普及も進んでいる。
消費財から生産財まで広がる対象
スマートウォッチやスマートグラスといった消費財だけでなく、CTスキャンや航空機などの生産財にも応用が広がっている。アマゾンの物流ロボットのように、生産効率を飛躍的に高める事例もある。
ネットサービスの事例
- タクシー配車アプリ:UberやLyftが世界的に普及。中国では微信を通じて急拡大。
- スマートグラスの活用:病院や製造現場で技術継承や効率化に寄与。
- 航空業界の導入:顧客体験の向上やチェックイン効率化を実現。
日本の課題と遅れ
日本の研究水準は高いものの、規制が多く新サービスの普及が遅れている。福島原発事故時に災害ロボットが即応できなかったことも課題を示している。
ICTコトづくりの必要性
日本政府は「製造業のサービス化」と「サービス産業の強化」を掲げているが、規制緩和やベンチャー支援が十分かは疑問である。成功には、生産型消費者(プロシューマー)が安心して挑戦できる環境整備が欠かせない。ネットサービス型ビジネスモデルの確立が、日本の新たな発展の鍵となる。
批評
良い点
本書の強みは、IoT(モノのインターネット)がもたらす社会的・産業的変革を多角的に描き出している点にある。消費財から生産財まで、あらゆるモノがネットワークに接続されることで、単なる利便性の向上にとどまらず、産業構造そのものが「モノ支配論理」から「サービス支配論理」へと移行していく姿を説得力をもって提示している。特に、農業機械の自動運転や物流ロボットの協調制御など具体例を挙げながら、IoTが既存産業に与える実利的効果を明快に描写している点は評価に値する。また、米国や中国の事例、日本の規制環境と比較することで、読者に国際的な視点からIoTの未来を考えさせる工夫もなされている。
悪い点
一方で、本書の弱点は、技術革新の光の部分を強調するあまり、社会的影響の負の側面に対する議論がやや浅い点だ。たしかに「失業の増加」や「規制の壁」といった問題には触れているが、それらをどう克服すべきか、あるいは具体的にどのような社会的摩擦が起こり得るかといった論考は十分に深められていない。また、スティーブ・ジョブズをIoTの先駆者と位置付ける視点もやや単純化されており、技術的・制度的進展が複合的に重なってIoT社会が形成されたという歴史的文脈をやや欠いているように思われる。結果として、「未来予測の羅列」に傾き、批評的な視座が弱まっている印象を受ける。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、IoT時代において「価値の源泉」がモノそのものからサービスやデータへと移行するというパラダイムシフトに他ならない。製造業が単にハードを売るのではなく、クラウドやビッグデータを基盤とした「持続的サービス」を提供することで初めて競争優位を確立できる、という視点は非常に示唆的である。また、スタートアップ企業が生活者の「自己実現欲求」に寄り添い、新しい市場を切り開いている事例からは、大企業に依存しすぎる日本社会の構造的課題が浮かび上がる。規制緩和やベンチャー支援を進めることが、単なる産業政策ではなく「文明開化」に匹敵する社会変革につながるのだという認識を持つべきだろう。
結論
総じて、本書は「モノのインターネット」という一見抽象的な概念を、豊富な事例と未来予測を通じて具体的に示した入門的かつ啓蒙的な書物である。技術革新が生活者の消費スタイルや社会制度、産業構造をいかに変容させるかを俯瞰的に理解するための導入書としては優れている。ただし、読者が本当にIoT社会の到来に備えるためには、失業や格差拡大、プライバシー問題など負の影響への対応策を並行して考える必要がある。本書はその議論の出発点を提供しているに過ぎない。したがって、批評的読解を通じて初めて真の意義を発揮する一冊だといえる。