Uncategorized

「ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件」の要約と批評

著者:楠木建
出版社:東洋経済新報社
出版日:2010年05月06日

戦略の本質とは「違いをつくって、つなげる」こと

戦略の目的は、他社との違いによって完全競争を避け、余剰利潤を生み出すことにある。しかし、単なる個別の違いでは戦略にならず、それらがつながり相互に作用することで長期的な利益が実現する。

マブチモーターの戦略ストーリー

マブチモーターは「大量生産による低コスト競争力」を核に、「モーターの標準化」という常識破りの意思決定を行った。これにより大量生産が可能となり、規模の経済を働かせて低コストを実現した。さらに、一極集中の営業体制や海外での直接生産など複数の打ち手が因果関係で結びつき、長期利益を創出した。

筋の良いストーリーと先見の明

マブチは1960年代から中国や東南アジアで現地生産を開始し、先見の明を発揮した。その戦略は「標準化」と因果論理で結びついており、中国の生産条件と適合していた。同業他社が表面的に真似ても、ストーリー全体の一貫性がなければ筋の悪い戦略に終わってしまう。

戦略ストーリーとビジネスモデルの違い

ビジネスモデルは構成要素の空間的配置に注目するのに対し、戦略ストーリーは時間の流れと因果論理を重視する。「こうすると、こうなる」という展開を描くのが戦略ストーリーの本質である。

日本企業におけるストーリー戦略の重要性

日本企業にとってストーリー型の戦略が有効な理由は次の3点である。

  1. 成長性の低い市場では単純な差別化が難しく、ストーリーの差別化が有効。
  2. 組織競争力を高めるためには因果関係を理解する必要がある。
  3. 全体のアウトプットを重視する日本的価値観に合致し、共有されやすい。

競争戦略の本質:SPとOC

競争戦略の核心は「他社との違いをつくること」であり、それはSP(戦略的ポジショニング)とOC(組織能力)に分類できる。

  • 松井証券はSPに基づきネット取引に特化して優位を築いた。
  • セブン-イレブンはOCを強みに、現場主体の仮説検証型発注で差別化した。
    SPとOCの両立が理想だが、多くはどちらかに偏るため、両者のつながりを意識することが重要である。

戦略ストーリーの5C

戦略ストーリーを構成する5つの柱は以下の通り。

  1. 競争優位(Competitive Advantage):最終的な利益創出の論理
  2. コンセプト(Concept):顧客価値の定義
  3. 構成要素(Components):SPやOCを基盤とした打ち手
  4. クリティカル・コア(Critical Core):独自性と一貫性の中核
  5. 一貫性(Consistency):因果関係でつながる強いストーリー

特に「クリティカル・コア」は多くの要素とつながり、時に一見非合理に見える選択が全体の合理性を生む。スターバックスの直営方式はその好例である。

利益とコンセプトの定義

利益は「顧客が支払いたい水準(WTP)-コスト(C)」で定義され、競争優位は利益創出の論理を意味する。一方、コンセプトは顧客価値の定義であり、サウスウエスト航空の「空飛ぶバス」のように、人間の本性を捉えた持続的なものが望ましい。

因果関係とストーリーの強さ

打ち手同士のつながり(パス)は因果関係で結びつく必要がある。他の要素の蓋然性を高め、複数の意味を持ち、発展可能なストーリーこそが「強く、太く、長い」戦略となる。

批評

良い点

本書の最大の強みは、「戦略を静止画ではなく動画として捉える」という斬新な視点を提供している点にある。従来の戦略論が「ベストプラクティス」や「フレームワーク」に依存していたのに対し、本書は「時間的展開を含んだ因果論理」として戦略を描くことの重要性を説く。特にマブチモーターの事例は説得力があり、標準化という一見禁じ手をあえて選択し、それを海外生産や営業体制とつなげていく因果関係の積み重ねが「ストーリーの勝利」であったことを鮮やかに示している。また、SP(戦略的ポジショニング)とOC(組織能力)の両輪をバランスよく組み合わせる視点や、「戦略ストーリーの5C」といった整理も、読者にとって実務的かつ理論的に参考になる枠組みを提供している。

悪い点

一方で、本書の弱点は抽象度の高さと事例の偏りにある。ストーリーの因果論理の重要性は理解できるが、それを具体的にどのように設計し、検証すべきかの実務的な手引きはやや不足している。また、事例の多くは日本企業や限られた成功企業に集中しており、グローバルに競争が激化する現代のビジネス環境に普遍的に適用できるかどうかには疑問が残る。さらに、「非合理が合理を生む」という逆説的な説明は魅力的であるものの、再現可能性や失敗事例への検証が不足しているため、読者が安易に真似をするとリスクが大きいとも感じられる。つまり、戦略ストーリーが「美しい理論」としては成立していても、現場で活用する際には距離感があるのだ。

教訓

本書から得られる最大の教訓は、「戦略は単なる差別化要素の寄せ集めではなく、一貫した物語として成立して初めて持続的な競争優位を生む」という点である。特に、日本企業のように成熟市場での差別化が困難な環境では、部分最適ではなく全体最適を意識したストーリー構築が不可欠だと示されている。また、SPとOCのどちらかに偏るのではなく、両者のつながりを意識することで、他社が模倣しにくい強固な戦略基盤が形成されることも強調される。さらに、「コンセプト」を顧客価値の定義から考え抜く姿勢や、「非合理」をも包含するクリティカル・コアの重要性は、読者に戦略設計の新たな視野を開いてくれるだろう。

結論

総じて本書は、従来の戦略論の枠を超えて「物語としての戦略」という独自の視座を提示し、読者に強い知的刺激を与える一冊である。特に、戦略の時間的展開や因果論理に着目するアプローチは、経営者や実務家が長期的視野を持って意思決定を行う上で有用である。ただし、理論の抽象度が高いため、実践的な活用には追加的な検討や補助が必要であることも否めない。結局のところ、本書は「戦略を考えるための思考様式」を磨く指南書として読むのが最も適しており、実務への直接的なマニュアルとして読むよりも、読者が自社の戦略を構想する際の土台やインスピレーションの源泉とするべきである。