著者:山梨広一
出版社:東洋経済新報社
出版日:2014年03月27日
戦略はシンプルに磨き上げるべきもの
どんな困難な目標があっても、戦略はシンプルになるまで作り込み、削り込み、磨き上げる必要がある。これは25年にわたりマッキンゼーで数々の企業の参謀を務めてきた著者がたどり着いた結論である。
シンプルな戦略の定義と重要性
シンプルな戦略とは、一言で表現でき、誰にでもわかる簡潔な戦略である。その背景にある理由も明快でなければならず、これにより組織全体で意思統一がしやすくなる。
戦略の三大基本要件
シンプルな戦略は「顧客の利益になるか」「他社との違いがあるか」「儲かるか」という三大要件を満たす必要がある。これらに対し十分な根拠を持つことで強固な戦略となる。
事例:ユニクロの戦略
ユニクロは「独自の付加価値を持つ戦略商品を徹底的に売る」というシンプルな戦略を採用している。フリースやヒートテックのような商品は、三大基本要件を満たす代表例である。
日本企業に欠けているもの
多くの日本企業の戦略は三大要件を欠いている。デジタル化への対応や短期的な値下げ策などは持続性に乏しく、真の戦略とは言えない。
厳しい環境にこそシンプルな戦略が必要
市場が縮小する中、現状維持は後退を意味する。シンプルな戦略は突破口となり、経営資源を一点に集中させることができる。
戦略を構成する三つの要素
戦略は①目的、②方向性、③アクションの三つで構成される。これらを明確に結びつけなければ、戦略は形骸化してしまう。
戦略構築の六つのステップ
戦略構築は①目的設定、②境界条件の再定義、③環境分析、④課題抽出、⑤方向性創出、⑥まとめ上げ、の六段階で進める。これを反復することで質が高まる。
シンプルな戦略に必要な思考力
成功には論理力、分析力、洞察力、アイデア創出力が必要である。これらを磨くことで戦略はよりシンプルで本質的なものとなる。
戦略構築における規律(ディシプリン)
戦略を生み出すには謙虚さ、徹底した思考、正しい手法の活用、明快な意思決定が欠かせない。さらに高い目標と責任の明確化が求められる。
リーダーシップの役割
シンプルな戦略を成功させるにはトップのリーダーシップが不可欠である。戦略決定に責任を持ち、ビジョンを提示し、時に厳しい決断を下す覚悟が必要だ。
批評
良い点
本書の最大の強みは、戦略論を徹底して「シンプルさ」という基軸で整理している点にある。企業経営において複雑化する要素を極限まで削ぎ落とし、「一言で言える戦略」を目指すという姿勢は、多くの経営者やビジネスパーソンにとって実務的かつ強力な指針となる。ユニクロを例にした戦略の具体化は説得力が高く、戦略の「顧客価値」「独自性」「収益性」という3大要件を明快に満たしていることが示され、理論と現実が有機的につながっている。さらに、戦略構築を6つのステップに体系化して提示しているため、抽象論にとどまらず、実際に活用できる道筋が描かれている点も評価できる。
悪い点
一方で、本書の弱点は「シンプルさ」を過度に強調するがゆえに、戦略の持つ多層的・複雑的な側面を軽視する危うさを含んでいることである。戦略を「一言で言えるか」に還元する姿勢は魅力的だが、現実のビジネス環境ではしばしば相反する利害調整や複雑な制約条件が伴うため、単純化の過程で本質的な要素を取りこぼすリスクがある。また、示される成功例がユニクロなど限られた企業に偏っている点も弱点であり、異なる業種や成長段階にある企業にとってどの程度有効かは十分に検証されていない。さらに「規律」「リーダーシップ」の重要性を強調する部分は理念的で、読者が実際にどう行動すればよいのかの具体性がやや不足している。
教訓
本書から導かれる最も大きな教訓は、「戦略は複雑であるほど力を失い、シンプルであるほど力を持つ」という逆説的な真理である。組織が共有し、行動に移すためには、戦略は誰もが理解できる形にまで研ぎ澄まされていなければならない。その過程で必要となるのは、論理力・分析力・洞察力・アイデア創出力といった思考力に加え、規律を守り妥協なく考え抜く姿勢である。また、戦略は経営者のリーダーシップと直結しており、トップが自らの覚悟や情熱を戦略に埋め込み、組織全体を巻き込むことで初めて実効性を持つことが示される。つまり、戦略構築とは知的営為であると同時に、組織文化とリーダーシップの問題でもあるのだ。
結論
総じて本書は、戦略論を「シンプルさ」という明快な軸で再定義した意欲的な試みであり、日本企業が陥りがちな複雑化や形骸化を打破するための強力な処方箋となりうる。しかし、その単純化の効用を強調するあまり、現実の多様性や矛盾をどこまで吸収できるのかについては疑問も残る。したがって本書は「万能の戦略論」として読むのではなく、「複雑さを削ぎ落とす思考訓練」として活用するのが妥当である。経営環境が混迷を極める今だからこそ、シンプルな戦略を追求する姿勢は大いに価値を持つ。ただし、その「シンプルさ」を実現するには不断の思考、規律、そしてリーダーの覚悟が不可欠である。