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「「で、結局何が言いたいの?」と言われない話し方」の要約と批評

著者:金子敦子
出版社:日本実業出版社
出版日:2014年03月20日

成果が問われるコミュニケーションの3原則

仕事において成果が問われるコミュニケーションでは、次の3つの原則を意識する必要がある。

  1. コミュニケーションには目的がある
  2. コミュニケーションは受け手が出発点である
  3. コミュニケーションにはコストがかかる

上司が部下を問いただすシーンは、上記3つのどれかが欠けているために生じる。ここではこの3つの原則について詳しく見ていく。

コミュニケーションの目的

コミュニケーションの目的には、大きく3つのポイントがある。

  1. ゴールを意識する
    会社にとって最上位の目的は、顧客に価値を提供し収益を上げること。個々人が会社の目的を理解し、判断・行動することが重要である。
  2. 中身を重視する
    発音や語彙が不十分でも、中身に価値があれば相手に伝わる。仕事では成果につながる中身を、相手に理解できる形で伝えることが評価される。
  3. 言わなくてもよいことは言わない
    何でも伝えるのではなく、強みに焦点を当てる。弱みに関する話は信頼関係が築けてからにする。

受け手を出発点とするコミュニケーション

ドラッカーは、コミュニケーションは受け手が知覚しなければ成立しないと指摘している。著者も「受け手が出発点」という視点で、次の3つのポイントを解説している。

  1. 伝わらないのが当たり前
    伝言ゲームのように、伝達は必ずズレると認識しておくことが大切。
  2. 相手の立場に立つ
    忙しいと自分中心になりがちだが、「世界は自分を中心に回っていない」など3つの心得を思い浮かべ、冷静に相手を意識する。
  3. 相手の現在・過去・未来を考える
    相手の勤務時間、これまでの経験、目指す方向を考慮することで、受け入れられやすい依頼や提案ができる。

コミュニケーションにかかるコスト

コミュニケーションには人件費というコストが発生する。「時は金なり」であり、時間は有限の資源だ。会社は成果を期待して費用を投じている。

利益を出すためには、

  1. 売り上げを上げる
  2. 費用を下げる

の2つしかない。コミュニケーションがどちらに貢献するかを意識し、損益計算書をヒントに考えるとよい。

誤解されない話し方・聞き方

成果につながるコミュニケーションの「やり方」は次の3つである。

  1. 中身を磨く
  2. 表現を工夫する
  3. 聞く・聞き出す

中身を磨く7つのコツ

  1. 自分が何を求めているかを明確にする
  2. 「主張+根拠」で構成する
  3. 概要を示してから詳細に入る
  4. 主語と動詞をはっきりさせる
  5. ポイントは3つに絞る
  6. 大切なことは短く伝える
  7. 大事な話は事前にレビューを受ける

表現を工夫する2つのコツ

  1. 数字を用いる
    「高い」ではなく「前年比15%増」といった具体的な数値を示す。
  2. 具体的に伝える
    「きれいな景色」ではなく「駅のホームから富士山が見えた」と表現することで伝わりやすくなる。

聞く・聞き出す力の重要性

成果が問われるコミュニケーションでは、聞く力も話す力と同じくらい大切である。特に「聞き出す」力が重要であり、質問には次の4つの機能がある。

  1. 自分の理解を確認する
  2. 不足情報を引き出す
  3. 相手の見解を確認する
  4. 相手の発言機会を作る

質問は話を深め、広げる重要な手段である。

批評

良い点

本書の最大の強みは、コミュニケーションを「成果」という観点から徹底的に再定義している点である。単に「話す技術」「聞く姿勢」といった一般的なスキル論に留まらず、会社の目的、組織の利益構造、そして時間や人件費といったコスト意識にまで踏み込んでいることは実務的に非常に価値が高い。特に「顧客への価値提供に繋がっているか」という最上位の目的から逆算して日々の会話を位置づける姿勢は、現場で陥りがちな「雑談の延長のような会議」や「言いたいだけの報告」を戒めるものであり、読者に緊張感を与える。さらに、受け手を出発点にするというドラッカーの理論を補強しながら、実際にどう相手の現在・過去・未来を踏まえるかを具体的に提示している点も実践的である。単なる抽象論に終わらず、事例や著者自身の経験を交えて説得力を高めていることは評価できる。

悪い点

一方で、本書にはやや「成果主義」に偏りすぎた危うさも存在する。コミュニケーションを常に「売上向上」か「費用削減」に分類する発想は明快ではあるが、人間関係を潤滑にする雑談や、信頼醸成のための非効率な時間が排除されかねない印象を与える。実際の組織運営では、短期的には直接成果に結びつかない対話こそが、長期的な生産性やイノベーションを支える場合がある。また、「弱みは言わない方がいい」という提言も、確かに不用意な自己開示を避ける効果はあるが、裏返せば心理的安全性を阻害しかねない。失敗や課題を率直に語り合えない職場は、一見効率的に見えても脆弱である。著者のキャリア背景がコンサルティングや金融業界に強く影響しているためか、数字や即時成果を重視しすぎている傾向が見受けられるのはやや偏狭である。

教訓

本書が伝える最も大きな教訓は、「コミュニケーションは資源を消費する投資行為であり、意識しなければ成果につながらない」という認識である。会議一つ、報告一つにも人件費というコストが伴い、その時間が会社全体の利益構造とどう接続しているかを自覚することで、発言の質も変わるだろう。さらに「伝わらないのが当たり前」という前提は、自己中心的な発信を戒め、相手の立場や状況を想像する力を磨くきっかけとなる。これは仕事だけでなく、家庭や地域社会などあらゆる場面で役立つ普遍的な態度である。また、中身を磨く7つのコツや、数字と具体性をもって表現する工夫は、単なるビジネススキルに留まらず、思考そのものを鍛える訓練でもある。つまり本書は「効率よく成果を出す会話術」であると同時に、「自分の考えを論理的に整理する術」を教えているのだ。

結論

総じて本書は、実務家にとって即効性のある指南書であると同時に、読み手に「時間と言葉の価値」を再認識させる一冊である。もちろん、すべてのコミュニケーションを損益計算書の視点で捉えるのは現実的ではなく、むしろそうした極端な発想に触れることで、自分自身の立場や組織の文化に合わせた柔軟なバランスを見つける契機になるだろう。効率や成果を強調する本書の内容は、心理的安全性や創造性といった要素を軽視する危うさを孕むものの、逆に言えば「成果志向」と「人間関係の厚み」をどう折り合わせるかという課題を私たちに突きつけている。批評的に読めば読むほど、自らの職場でのコミュニケーションの質を点検し、改善の余地を発見するための鏡となるだろう。字義通りに実践するのではなく、背景にある思想を理解し、適度に応用する姿勢が求められる。