著者:吉本佳生、西田宗千佳
出版社:講談社
出版日:2014年05月20日
本書の概要
本書は、投機の集中やマウントゴックスの破綻で注目を浴びた「ビットコイン」について、通貨・暗号技術・未来の視点からまとめた内容である。最初にビットコインの概要を解説し、その後に主要なポイントを紹介している。
ビットコインの基本
- ビットコインとは?
ネットワーク上で電子データを通貨として流通させる「暗号通貨」。 - 形
コンピュータ内のデータとして存在し、「ペーパーウォレット」として紙に印刷することも可能。 - 価格
変動レート制。2014年3月時点で、1BTC=約640ドル(約6万4千円)。 - 入手方法
取引所・換金所で購入するか、「マイニング(採掘)」で得る。 - 用途
相手が受け取る限り、通常の通貨と同じように使用可能。 - 安全性
複製は困難だが、取引や換金の過程で詐欺・盗難のリスクがある。
通貨と決済の位置づけ
現金や預金を基盤とするクレジットカードと異なり、ビットコインは匿名性を持つ独自の暗号通貨である。
また、アプリ市場やAmazon、キャリア決済などの事例からも分かるように、「決済の仕組み」が市場形成の大きな要因となる。クレジットカードでも対応できない少額決済や海外送金には、ビットコインが活躍する可能性がある。
マウントゴックス破綻と教訓
2014年2月、最大手取引所マウントゴックスが約500億円相当のビットコインを抱えて破綻。
これはビットコインそのものの問題ではなく、取引所運営の信頼性の欠如によるもの。取引所は金融機関ではなくITベンチャーが担っている点を認識する必要がある。
ビットコインの生成と仕組み
ビットコインは「マイニング」によって生み出される。
総量は2100万BTCに制限され、時間の経過とともに採掘難易度が上昇。採掘報酬も一定ブロックごとに半減する仕組みで、インフレーションを防ぐよう設計されている。
暗号技術の基盤
ビットコインを支えるのは「公開鍵暗号」。
代表的なRSA暗号は素因数分解の困難さを利用しており、現在も解読は極めて難しい。暗号が解けないことこそが、ネットワーク上の取引を支えている。
中央銀行と国家通貨との比較
中央銀行は「発券銀行」「銀行の銀行」「政府の銀行」としての役割を持ち、国家通貨は法的強制力と中央銀行の信用によって支えられている。
一方、ビットコインは中央銀行も武力も持たず、「暗号が破られない知力」を基盤にしている点が大きな違いである。
通貨の未来シナリオ
ビットコインを含む通貨制度の未来には、次の4つのシナリオが考えられる。
- 国家通貨と並行して暗号通貨が用いられる
- 円が国際決済の中心となる
- 世界全体で通貨統合が行われる
- 暗号通貨は消滅し、国家通貨のみが残る
現実的には①か④の可能性が高いと考えられる。通貨の未来は不確実であり、読者自身が予想を巡らせることが求められる。
批評
良い点
本書の優れている点は、ビットコインという当時まだ一般に十分理解されていなかった存在を、幅広い視点からわかりやすく整理しているところにある。単なる投資対象や一時的な話題ではなく、「通貨」「暗号技術」「未来の通貨制度」という三層構造でまとめられているため、読者は断片的な知識ではなく体系的な理解を得られる。また、中央銀行の歴史や既存の決済システムとの比較を織り交ぜることで、ビットコインが単なる技術的な革新にとどまらず、金融制度全体にどのような意味を持ち得るのかを示している点も評価できる。マウントゴックス破綻を具体例に挙げつつ、「通貨そのものの安全性」と「取引所の信頼性」という異なる問題を区別して解説しているのも、冷静かつ説得力のある視点だといえる。
悪い点
一方で、本書にはいくつかの課題も見られる。まず、2014年当時の価格水準や事例に依拠しており、最新の状況を踏まえないまま読むと、情報がやや古びて感じられる点である。また、ビットコインの暗号技術に関する説明は一定の理解を助けるが、RSA暗号や素因数分解の難しさといった技術的記述に深入りしすぎており、一般読者には負担となる可能性がある。さらに、未来予測の部分は幅広いシナリオを提示してはいるが、やや曖昧で結論を読者任せにしてしまっている印象が強い。これは思考を促す狙いでもあるが、読者によっては消化不良を感じるだろう。
教訓
本書から得られる最大の教訓は、「通貨の信頼性は仕組みそのものよりも、それを支える制度や運営者に大きく依存する」という点である。ビットコインは暗号技術の堅牢さを強みとするが、その流通や保管を担う取引所が脆弱であれば、価値を守ることはできない。これは従来の通貨制度においても同様であり、銀行や中央銀行がなぜ信頼の中核を担ってきたかを再認識させる。さらに、「中央銀行の力が法的強制力や国家の武力に支えられているのに対し、ビットコインは知力による信頼に依存する」という比較は、通貨の本質を改めて考えさせる視点を提供している。つまり、通貨は単なる交換手段ではなく、社会的合意と信頼の結晶であるという普遍的な教訓が導かれる。
結論
総じて本書は、ビットコインをめぐる初期の混乱や誤解を整理し、通貨制度の未来像を考えるための有益な材料を提供している。情報の鮮度や技術的な説明の過不足には課題が残るものの、当時の読者にとって「なぜビットコインが注目され、どのような可能性と危うさを抱えているのか」を理解するための入門書として大きな役割を果たしたと評価できる。今日の視点から読めば、暗号通貨が実際にどのように普及し、あるいは規制や投機の荒波に揉まれてきたかを照らし合わせることで、当時の予想の正否を検証する楽しみもあるだろう。結局のところ、この書籍は「通貨とは何か」という根源的な問いを投げかけ、読者自身に未来の金融像を考えるきっかけを与える一冊である。