著者:出口治明
出版社:日本実業出版社
出版日:2014年05月01日
「決める」はシンプルな行為
著者は冒頭で、「決める」ことは非常にシンプルだと述べている。特に仕事における決断は、プライベートのものより難しくはないという。
その鉄則は「迷ったら、どちらがよりベネフィット(便益)が高いかを考える」ことだ。不確定要素はあっても90%程度の正解なら導けると出口氏は主張する。
正しい決断を邪魔する「余計なこと」
しかし実際には、正解にたどり着けない人が多い。その理由は「余計なこと」を考えてしまうからだ。
「上司が嫌いだからやめておこう」「前に似た事例で成功したから大丈夫だろう」など、仕事の目的と無関係な私情や社内政治が判断を歪めてしまう。
ただし、意思決定と承認は別問題である。まず決め、その後で「どう通すか」を考えるべきなのだ。
意思決定と提案を通すことを分ける
決断できない人は、「意思決定」と「提案を通すこと」を混同している場合が多い。決めることと、それを受け入れさせることは区別すべきである。
社内の「決めるルール」
出口氏が推奨するルールは「数字・ファクト・ロジックで話す」ことだ。これは世界共通のビジネスルールであり、多様な背景を持つ人々の合意形成に必須である。
日本の「空気」とは違い、数字や事実、論理こそが唯一確かな基盤となる。
数字の活用法
数字には3つの重要なポイントがある。
- 算数で考える – スローガンではなくデータで判断する。
- 一次情報にあたる – 他人の意見や加工された情報に頼らない。
- タテとヨコで比較する – 時間軸(タテ)と空間軸(ヨコ)で数字を照合する。
ファクトの捉え方
ファクトとは、数字やデータから導き出せる客観的事実である。
一人の声は意見に過ぎないが、多数の同じクレームがあればファクトとなる。分析を通じてデータを事実として扱うことが重要だ。
ロジックの組み立て方
数字とファクトをもとに論理を構築する。出口氏は「より多くの変数を持つロジックが強い」と説く。多面的な視点を持つことでロジックの精度は高まる。
そのために「数字・ファクトへの執着」と「多様な人との議論」を勧めている。
限られた資源で「決める」
決断できない人は、時間や人員が無限にあると錯覚している。だが、現実は有限だ。
「簡単なことなら1週間、難しい案件なら2週間で決める」といった期限設定を徹底すれば、チームに「決める」文化が根付く。
7割で動き、トライ&エラーを重ねる
完璧を待つのではなく、7割の確度で動き、試行錯誤しながら改善するべきだ。
「小さく生んで、大きく育てる」「失敗しても責めない」ことが、挑戦と成長につながる。
最後は直感を信じる
それでも迷うときは、直感で決める。直感は経験や無意識の情報処理の成果だからだ。
直感を磨くにはインプットを増やす必要がある。旅・読書・人との出会いがその三大手段であり、ビジネス判断の基盤となる。
批評
良い点
本書の最大の長所は、「決断」という曖昧で感覚的に語られがちな行為を、極めて論理的に整理している点にある。特に「数字・ファクト・ロジック」という三位一体の枠組みは、意思決定における普遍的な基準として説得力を持つ。文化や慣習に左右されがちな日本的な「空気」に頼らず、誰にでも通用する基準を提示したことは、国際的なビジネス環境を経験してきた著者ならではの実践的示唆である。また、決断と「提案を通すこと」を切り分けて考える視点も新鮮だ。多くの人が混同してしまうプロセスを分解することで、意思決定の本質がより明確になり、実際の職場でもすぐに活かせる点は大きな魅力である。
悪い点
一方で、本書にはやや単純化しすぎている部分も散見される。例えば、「迷ったらベネフィットの高い方を選ぶ」という原則は直感的で理解しやすいが、実際のビジネス現場では利害関係者の思惑や外部環境の不確定要素が複雑に絡み合うため、「ベネフィット」の基準自体が多様で曖昧になりがちである。さらに、著者は「7割で動け」と強調するが、組織文化や業種によっては試行錯誤のコストが大きすぎて、簡単に取り返しがつかない場合もある。リスクマネジメントの視点がやや不足しているため、読者によっては危うさを感じる可能性があるだろう。また、直感を最終的な決定のよりどころとする議論についても、その育成方法が「旅・本・人」と抽象的に提示されるにとどまり、もう一歩踏み込んだ具体性が欠けている点は惜しい。
教訓
それでも本書が伝える教訓は明快である。第一に、意思決定において感情や社内政治に引きずられないためには、「数字・ファクト・ロジック」を基準にすべきだということ。これは一見当たり前だが、日常のビジネスの現場では往々にして無視されがちな鉄則である。第二に、「決める」ことと「通す」ことを混同しない姿勢が重要だということ。決断はあくまで選択の問題であり、その後の承認プロセスや根回しとは異なる段階にある。この分離ができるだけで、意思決定のスピードと質は格段に向上する。第三に、完璧を待たずに動き出し、小さな試みから育てていくことの大切さである。これによって失敗が前提となり、学習と改善の文化が育まれる。著者が説く「失敗しても怒らない」という組織風土は、挑戦を促し、長期的に大きな成果を生み出す可能性を秘めている。
結論
総じて本書は、意思決定を難しく感じている読者にとって、大きな気づきを与えてくれる一冊である。シンプルな原則を提示しつつも、実際のビジネス現場で応用できる具体的な方法論を随所に示している点は高く評価できる。もちろん、全ての状況に万能に適用できるわけではなく、業種や環境によっては限界もある。しかし、著者の提唱する「数字・ファクト・ロジック」の徹底は、いかなる組織においても有効な判断基盤となり得るだろう。意思決定に迷いがちな人ほど、本書を手に取り、自らの思考の癖を見直す契機にすべきだと結論づけたい。